創書日和「証」 ミルクティーの似合う女(ひと)
逢坂桜
友人との待ち合わせは、いつもの喫茶店だった。
呼び出されたのは久しぶり。
この1年、電話やメールばかりで、顔を合わせることはなかった。
先に着いたので、入り口の見える位置に座って、ココアをオーダー。
「待ち合わせなので、後からもう一人、来ます」
「かしこまりました」
友人はいつもどおり、5分遅れて来た。
「ごめんごめん。出掛けに電話が入っちゃって」
「相変わらずねぇ。そろそろ直したら?」
皮肉ではないけど、あたしの挨拶に苦笑して、
ミルクティーをオーダーした。
「いきなり呼び出して、ごめんね」
「だったら、待ち合わせどおりに来てほしかったな」
「ごめん。ここおごるから」
あら? やっぱり、かな?
「それで? 話ってなに?」
「あ・・・うん・・・」
運ばれてきたミルクティーを、所在なげにかきまわす。
ミルクの香りが、紅茶をあまく包む。
「結婚が決まったの。式は今年の秋ごろの予定」
「おめでと。それで最近、つきあいが悪かったんだ」
「隠すつもりはなかったんだけど、
どうなるかわからない頃だったし・・・
今度、改めて紹介させてね」
言いにくそうに、視線が落ち着かない。
こんな彼女を見るのは、あの時以来だ。
彼女が私の兄と交際していたのは、もう何年も前になる。
兄のいままでの例に漏れず、ほんの数ヶ月で終わった。
「どんな人?」
「うーん、おじさん、かな」
お互い、だいぶいい年齢になったので、
つりあう年齢を考えれば、もちろんおじさんだろう。
「こんな人」
ケータイをぱかっと開けて、こちらに差し出す。
少しぼけたバストショット。
「・・・いい人そうだね」
彼女の好みとはずいぶん違う、
温厚さがにじみ出た、いかにもな風貌だ。
コーヒー党だった彼女が、いまもミルクティーを飲んでいるのが、
ひっかかった。
「言いたいことは、わかってる」
どきっとした。
ミルクティーを飲み干した彼女と、眼が合った。
「でもね。
あの時のことがなかったら、
この人にめぐり合えなかったと思うの。
もちろん結婚もありえなくて。
仕方なかったのよ、きっと。
ほら、あたし、
経験しなきゃわからないタチだから」
彼女は、兄に恋をして、数多いる相手の一人になり、
それでも、懸命に心をつなごうとした。
ただ、相手が悪かった。
あの男が女に本気になることは、ない。
「もう大丈夫。心配かけたけど、あたし、もう大丈夫だから」
「うん・・・おめでとう、よかったね」
「ありがとう」
兄の理想は「ミルクティーの似合う女」だという。
聞いたとき、思わず兄をひっぱたいてしまった。
映画じゃあるまいし・・・・ろくな男じゃない。
それから喫茶店を出て、軽く食事して、別れた。
ただ。
兄は兄なりに、彼女に対して気を使っていた。
彼女が初恋に舞い上がっていたから、
彼女が恋に真剣だったから、
曖昧に向き合うことなく、逃げたのだ。
そして。
ミルクティーと優しい旦那さんが、
兄との、恋の証になったんだ。
どうか彼女が幸せになりますように。
まるでミルクティー。
ひとつひとつは違うけど、
紅茶の苦味がミルクに包まれて甘くなる。
いつまでも二人寄り添って、幸せでいられますように。
夜空の星ひとつに、願った。