秩父の三峰神社のとばくちで
白糸雅樹

 先日、2月14日日曜に夫と二人で秩父に行ってきたのでした。もう一年半以上前の紅葉の頃、一人で三峰山に登ってきました。秩父鉄道の三峰口という駅からバスに乗り、大輪というバス停で降りると、以前はロープウェイがあった登り口に出ます。まだロープウェイが動いていた頃、ロープウェイで結婚前の夫と三峰神社へ行ったことがありました。ロープウェイまでの道が、たしか夏だったのに霧が出ていて寒くて、でも風情があってよかったのを覚えています。江戸時代から昭和まで、さまざまな時代の、講の人たちが記念に立てた碑がロープウェイの駅までの道にも沢山ありました。

 その、ロープウェイに乗った時に、ロープウェイの駅の近くに登山道の入り口があるのを見つけて、ずっと登りたいと思っていたのです。何度も運休を繰り返していたロープウェイがとうとう廃止になってまもなくの秋、大輪で降り、ロープウェイの駅に向かう橋で息をのみました。写真がないのが残念ですが、川を渡る橋からの景色はそれはそれは見事な紅葉でした。

 登山道を登っていくと、ちょうど半ばのあたりで、桜もみじと楓もみじが散り敷いている地点があります。むかし、山が女人禁制だった頃、そこまでは女性も登れ、そこに昔はあった小屋で、男性の代参者が降りてくるのを待っていたのでしょう。そのような案内が書いてありました。見晴らしもよいのですが、それ以上にその桜と楓が、女人禁制の山で、せめても女人のこころをなぐさめようとする感があり、なごみました。

 私が単に登山道だと思っていたのは、本来、三峰神社の表参道だったコースだったのです。

 大輪のバス停から参道に向かう、橋のたもとにある茶屋が、ロープウェイが稼動している時は賑わっていたのに、半ば戸を下ろしていました。下山した時、ちょうど茶屋の前の落葉を掃いているおばあさんがいらしたので、立ち話をして、親切に厠を貸していただいたのですが、ロープウェイが閉鎖されて以来、めっきり客が減り、閉店したわけではないのですが、土産物も新しくは仕入れることがあまりできず、食事や酒を出すことも休んでしまっているとのことでした。

 登山道が神社の参道だった話も、そのおばあさんから聞きました。店を、止めたわけではなく、ただ休んでいるだけで、厠が必要な人が居れば貸し、橋のまわりを掃除して、いわば、お接待の気持ちだけは続けている、という話に、長年参道を守ってきた方の矜持を感じました。

 五月には橋の下にある石楠花園がよいですよ、という話を聞いて少し歩いてみました。季節はずれではありましたが、沢山の石楠花が植わっており、季節には夫と訪れたい、と思いました。

 なかなか夫と予定が合わず、そこを訪れることができないまま、その店が続いていることを願っていました。

 若葉の頃には新緑が、五月には石楠花が、秋には紅葉が、冬には凍った滝が見られます。

 最近、鉄道会社の観光パンフレットに、「三十柱の氷柱」というキャッチフレーズで、その大輪の先にある、つららが名物として紹介されていることを知り、ようやく夫と一緒に三峰口の方へと行かれました。

 三十柱の氷柱があるのは、大輪からさらにバスでずっと進んだところにありました。mixi日記に写真を載せました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1415227581&owner_id=868027

 川の対岸の崖一面に、氷柱が下がっており、観光客が沢山、此方岸から眺めていました。ひとしきり眺めた後で、歩いたり、途中からバスに乗ったりして、再び大輪で降りてロープウェイの乗車駅があったあたりへ行きました。

 橋のたもとの茶屋は完全にシャッターを下ろしており、少しがっかりしながらもロープウェイのあったあたりまで歩くと、小さな滝が、ここも氷柱をたらしておりました。以前紅葉の時期に訪れた時は工事中で立ち入り禁止だったロープウェイの跡形もなく、ただ駐車場のようなところから見あげる、巨大な獣道のような線がありし日のロープウェイを髣髴とさせるのみでした。

 橋まで戻ってくると、茶屋の前で掃除をしているおばあさんの姿が見えました。挨拶をして、以前厠を借りた礼を言い、夫とともに再び立ち話をしました。

 行政は、巨額の金を使ってヘリコプターでロープウェイの支柱を撤去することはしても、橋のメンテナンスはしてくれず、心ある人がボランティアで、橋の塗装の直しをしてくれた、といった話など、秩父の武甲書店でのイベントに来て話してくれないかなぁ、と思ったことでした。

 まだ、茶屋は、閉店はしていないそうです。

 今はまだ、凍結が怖くて参道を登って三峰神社へ行くことはできませんが、一度登ってとても変化に富み休むところも適度にある良いハイキングコースでしたし、登山ができない人と共に行くなら、参道を登らなくても石楠花や橋からの新緑や紅葉を見るのもなごむし、お勧めの場所です。
  
 ロープウェイがなくなって、すっかり観光客が減ってしまったそうですが、いつまでもあの参道や石楠花園が、荒れて人が入れない場所になりませんように。

                                  2010.2.24 白糸雅樹


散文(批評随筆小説等) 秩父の三峰神社のとばくちで Copyright 白糸雅樹 2010-02-24 03:37:12
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