505号室
真島正人
「で、例のA印刷さんの件なのですが」
と、病人が自分から語りだしたので
僕は面食らってしまった
まだ日の高い午後のはじめの市立病院
5階の、清潔な部屋で
病人は自分から口を開いたので
僕は本当に
戸惑ってしまった
「あぁ、それなのですが」
と何とか答え
「いや、でも今日は、そんな話をしにきたわけではないのです」
とつぶやくのは僕。
でも病人は、
話を止めずに
「それと3月に入ってから幹事内での会議がありまして」
「あの、3月のはじめにデパートに出向いてやる仕事にはあなたにも関わっていただきたく、ラフな服装でもその日は結構ですので」
と、
僕は
「やめてください、あなたの腎臓がそこまで弱ってしまい倒れてしまったのは、あなたが本当に仕事に熱心で、そればかりに気をかけてお体を大切にしなかったからであって、そのことはあなた自身が重々承知なさっておられるはずです。今日この日、私はお見舞いに来ました、ただそれだけです」
まくしたてるように言い放ち一呼吸。ふと首をひねるとカーテンでくびられた向こうの部屋に寝た老人がいぶかしげにこちらを見ている。
「失礼を」
とつぶやき、立ち上がり
「もう帰ります。お菓子を持ってきましたが、内臓に負担がかかるかもしれません、食べないほうがいいでしょう」
そのまま僕は帰った。
道すがら、病人から聞いた情報は、人に報告をする。
僕は本当は、仕事の話をしにきたのだが、それを見透かされると
こんな風にあわてるだなんて
まるで子供だ。