石を眺める
甲斐シンイチ

とある男が
じっと石を眺めていた。
一日中である。
それこそ寝る間を惜しんで、石の前に座り徹していた。

「その石は何なのですか」

尋ねると、男は答えた。

「これは石ではない」

男は次の日も、そのまた次の日も、座り徹していた。
少しの米と、少しの野菜を食いながら
ただひたすらに眺めていた。

「その石が何なのか知りたくもないが、何故あなたが
それを眺め続けているのか、興味がわいてきたのです」

尋ねると、男は答えた。

「『観察』とは『知ること』ではない。
君にとって、私の前にあるものが石であるのなら、それはそうなのだろう。
『意味』とは、それそのものが持っているものではなく『与えるもの』なのだ。
ここ数日間、私は目の前の『これ』に意味を与え続けてきた。
もう『これ』が本来何物なのかすらわからなくなってしまった。
と同時に、『これ』は私の一部であり、一部となった」

そして彼はこう付け加えた。

「君にとって私は『石』であった。しかし君が『与えた』のだ。そして私は君の一部となる」

言い終えると、そこに男の姿はなく、
私はただ、例の石ころをひたすら眺め続けていた。


自由詩 石を眺める Copyright 甲斐シンイチ 2010-02-17 21:42:50
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