路面電車
あ。

緩やかな上り坂を自転車で走ること十五分
月極駐輪場から歩いて五分
駅に着いたときにはいつだって息が上がっている


通学に使用していた路面電車は
この辺りの住民にとって大切な移動手段
それなのにたったの二両編成で
朝のラッシュ時には身動きも取れなくなる


時刻表どおりに行けば十五分足らずの距離
混雑している道路をすり抜けて走るこの電車が
時間を守ることはあまりない
まして事故などあったときには
しばらく狭い箱で過ごすことを覚悟しなくちゃならない


薄い酸素を探して何とか呼吸を確保する
乗客のすき間から窓の外を覗いてみれば
色とりどりの車がきちんと整列し
それは、まるで
帰省するときに母がいつも買う菓子折りのようで
色にも大きさにも規則性は見当たらないのに
誰かが計算して並べたような錯覚に陥る


たった二両の路面電車にも急行と普通があって
急行に乗れば終点まで停まることがない
信号待ちや渋滞でのろのろ運転になると
このまま永遠に閉じ込められてしまうのではないかと
いつまでも酸素を求めてさ迷わなければならないのかと
あるはずもないことに不安をつのらせてしまう


終わらない時間はなくて
いつの間にか扉が開いて乗客が流れる
ぐちゃぐちゃになった髪もそのままに
少しだけ急ぎ足で乗り換えの駅に向かう
深呼吸できる幸せを感じるのは一瞬で
階段をおりていくうちに忘れてしまう


路面電車を地下鉄にする工事が始まったのは
大学生になり免許を取って
原付で通学するようになってしばらく後のことだった


あれから何度季節が巡ったのか
道路を走る線路と電車は姿を消し
駅があった場所にはコンビニが建った
代わりに走る地下鉄は六両編成で混雑もなく
時刻表ぴったりの時間にやってくる


いつだって満員だしすぐに遅れるし
大嫌いだった電車通学のはずなのに
今になって思い出されるのは
当時既に大抵の駅にあった自動改札もなく
定期券を忘れたときに切符を買えば
がちゃりとはさみを入れてくれた駅員さんの手や
うっかり乗り遅れたときには自転車を飛ばして
隣の駅まで行けば乗れちゃうような
ゆっくりとした電車と安心して一人笑顔になる自分


地下鉄によって便利になったこの街には
たくさんの住宅街やマンションが並ぶようになった
かといって古い家がなくなるわけではなくて
真っ白な壁で三階建ての新築一軒家の隣は
四十年近く姿を変えないわたしの実家だったり
日曜日には庭先で母が梅干しを作っていたりするのだ




自由詩 路面電車 Copyright あ。 2010-02-16 13:53:21
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