あの美しくも誰もいない川べりへ
五十里 久図

ああ、何と美しい光景でしょう。野の獣道を突っ切っていった先、その川べりには、
誰も踏み込むことのない煌く水面が滔々と浮かんでいるのでした。
夕陽と水面が鏡面のような対称の形を作り、溶け合う様、そして静かに揺らめく様は、
何かこの世界の秘密に触れてしまったかのような、そんな奇妙な感覚を呼び起こすのでした。

そんなとき彼は、自分が求めていたものはここにあると強く思いましたが、
また同時に何か満たされない、ひどく欠落したものが自分の中にあるかのような感覚も覚えるのでした。

彼はいつも独りでした。どんな美しい光景を見るときも、不思議な感慨に耽るときも。
そのようなとき、彼はいつも、側に誰かがいて、この感覚を分かち合っていたような感覚を不意に覚えるのでした。
でも、もう、それが何であったかを、彼ははっきりと思い出すことはできません。

この美しい光景を見るたび、高揚と欠落を同時に感じてしまう彼の心性は、
あるいはやはり孤独というものに起因するものであったのかもしれません。
彼はその場所に居続ける限り、永遠にその相反する感覚を抱き続けねばならなかったのです。

時折彼は何かを思い出したような、そんな気分に襲われます。
何か大切なものを忘れてしまっているような…、何か大切なものを失ってしまったような…。

彼は川べりを歩きながら、いつもそのことを考え、そして忘れるのでした。


自由詩 あの美しくも誰もいない川べりへ Copyright 五十里 久図 2010-02-13 12:03:16
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