モーブ
イシダユーリ

こいびとを
産み忘れた夜に
こいびとは
お腹をだして
口をくちゅくちゅ
頭が
ごとり
ベッドから落ちて
布団の海に
船がこぎだす

あの子
どこの子
どこにいった子
ぼくの
くちびるに
かみついて
はばたきだけ
残して
いった子
顔ぼやけて
手のひらは
つめたい
色ながれて
化石に
草のあいだに
転げ落ちて
いったよ

こいびとを
産み忘れた夜に
皮膚は紙に
肉は石に
骨は水に
もう
泣く必要が
なくなってしまった
花のようにあかい
胸だけが
足元に
ひらかれている

あの子
どこの子
みっつめの名前
ぼくに
くれた
どうしたら
助けてくれるんだろう
どうしたら
ぼくのこと
からっぽに
してくれるんだろう

こいびとを
産み忘れた
朝に
枕に
頭を
押しつけて
植物になった
からだだけ
まばたきの間に
ぼやかした

こいびとをうみわすれた
こいびとをうみわすれた
こいびとをうみわすれた
こいびとをうみわすれた
いくつめのよるだろう
いくつめのあさだろう
こいびとをうみわすれた
これは
いくつめのよるだろう

そして
こいびとは
ワンピースを
着て
裾をひらつかせては
わらった
おまわりさんに
つかまるよ
ひそひそばなし
されるよ
わらわれるよ
ゆびさされるんだ!
こいびとは
とてもうれしそうに
いった
ここは
おとうさんの
なかだから
おもいきり
手足をのばしましょう
きみを
おかあさんの
なかにもどすから
できるだけ
まるくなってね

こいびとをうみわすれた
4時36分
きみのからだ
きかいになればいい

あの子
どこの子
どこにいった子
どうしたら
助けてくれる


自由詩 モーブ Copyright イシダユーリ 2010-02-13 00:19:34
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