そのベンチに置かれた一対の革靴について
瑠王

同じベンチで話していたはずなのに
いつしか君は二階の窓辺に立つようになった
僕は君に逢いに窓の下へと通うようになり
見上げるかたちで君と話すようになった

やがて君は窓辺に立つこともなくなり
空っぽの窓に僕が呼びかけるようになった
君はゆっくりと窓辺に現れて
知らない花を髪に挿していた

ある日から窓は閉められたままになった
相変わらず僕は君の窓を訪れていた
だけど開くことはなかった
何度か鐘を鳴らそうか迷ったけれど
僕はそうしようとしなかった
恐ろしい事を知ってしまう気がして

街は次第に大きくなって
沢山の道が増え
小さかったこの街は多くの人で溢れるようになった
僕は君の窓を訪れることをやめ
この街を離れてしまった

それからもずっと僕はこの靴を履き続けた
黒い革が艶を失う度に何度も磨いて

でも今こうして
あの頃のベンチに一人で座ってまじまじと見てみると
やはりもうボロボロだ
君とこのベンチで話し始めたあの冬から
僕はこの靴を履くようになった
まだ硬くて足をよく痛めたのを覚えている

いや、本当は靴の話なんてどうだっていいんだ

"愛してる"という度に
嘘をついてる気分に苛まれる
そんな男が愛を語ろうなんてふざけた話だろう
ただあの頃は、
嘘をついた気分になんて決してならなかった
僕が知っているあどけない顔をした少女は
今ではとても優しい母親の顔をしているのだろう

もしも君が夕陽を眺めるために
また窓辺に立つことがあるのなら
君に一羽の鳩を贈ろうと思う
もう二度と逢うことはないだろう君へ
今の君がこれを読んだらどんな顔をするだろう
僕には知るよしもないか

長年履きならしたこの靴を
ここに置いていこうと思う
せめて靴くらいは
ずっと対でいられるように
紐と紐とをしっかりと結んでおくよ

しばらくは裸足で歩かなきゃならない
だけどそろそろ新しい靴を探しにいかなくちゃ
陽が暮れる前に

それでは
今までずっとありがとう
さようなら




自由詩 そのベンチに置かれた一対の革靴について Copyright 瑠王 2010-02-11 00:33:10
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