結核療養所(サナトリウム)
……とある蛙

ごめんね かぁさん
僕はあなたが生きている間に
謝れなかった
あのときのことを
謝らなかった

物心ついた時
母さんは家にいたはずだったが、
母さんの記憶は
千葉のサナトリウムから。

親父の車で
松林を抜け
その先に木の病棟
病室には母さんがいて、
父親の陰に隠れた僕は
恐る恐る母さんの顔色を窺っていた、

ばぁちゃんから 
えんがちょと
病気になると
言われ ただただ脅えていた。
臆病で ただひたすら臆病で

青白い顔色の母さんは
僕を見かけて明るい色となり、
満面の笑みを浮かべ
おいでおいで
おいでおいで

それでも親父の陰に隠れ
母さんの涙袋に冷水を入れ

僕はいつでも冷血漢で
母さんの涙袋に冷水を入れ

母さんの最初の思い出は
木造の白い病室の
ベットの脇で怖々と
親父の腰の後ろから
そっと覗いた母さんの顔

青白いお顔でありました。
疲れたお顔でありました。
それでも母さんは満面の笑みを浮かべて
手招きし、わたしの名前を呼ぶのでした。

その話し声はお優しく
おいでおいでと手招きし、
それでもわたしはこわがり屋の冷血漢で

遠い千葉のサナトリウム

かぁさんの涙袋に懸命に
せっせ せっせ と
冷水を入れるのでした。
せっせ せっせ と
せっせ せっせ と

ごめんね かぁさん
僕はうまく謝れなかった
謝らないで
さよなら してしまった。


自由詩 結核療養所(サナトリウム) Copyright ……とある蛙 2010-01-17 23:05:51
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