Over the Rainbow
楽恵

13歳の彼女は頬杖をついてぼんやりと窓の外を見ている。
空を見ているようにみえて、彼女は空を見ていない。瞳に空が映っているだけ。
彼女は世界一の夢想家である。
彼女は彼女であると同時に、赤毛のアンであり、
スカーレット・オハラであり、『オズの魔法使い』のドロシーで、そして長靴下のピッピである。
いつも勝気な彼女は学校の先生やクラスメイトの男子と喧嘩ばかりしているが、
本当は泣き虫の感激屋さんで、
冗談を言ってクラスの女の子たちを笑わせるのが大好きな少女
ショートカットで陽に焼けた彼女の首筋と背中を、
私は後ろから近づきそっと抱きしめる。
彼女は私より20センチほど背が低い。早生まれの彼女がこの頃まではクラスの女の子の中で一番背が低く、
3年後に一番背の高い女の子になることを、私は知っている。


窓の外にいつの間にか小雨が降っている。
夢想家である彼女のその後の人生を、
私は少しだけ知っている。
彼女は突然立ち上がり、勢いよく窓を乗り越える。
スカートの下にはいつもブルマを穿いているので
彼女はパンツが見える事を気にしない。
学校の外に出て、雨の中を傘も差さず草むらを歩いている
彼女は少し泣いている。彼女はちょっとしたことですぐ泣くので、その理由は分からない。
すぐ泣くが、他人に泣いている事を気づかれるのが嫌で嫌で
だから涙を隠すために傘も差さず雨の中を歩いている
雨は一見止みそうにないが、
この雨がもうすぐ止む事を私は知っている


(もうすぐ、雨はあがるよ)


彼女の後ろからそっと囁きかける
(それでいい。泣いていい。
どんなに辛いことがあっても、泣けばすぐにカラリと忘れるその性格は、この後あなたを何度も何度も何度も助けていく。
愛していい。憎んでいい。
傷つけていい、不器用で気性の激しいあなたにはどうしようもない事態が人生には起こる
傷ついていい、あなたは強い、あなたが思っているより、あなたは強い。どんな悲しみも苦しみも乗り越えていく生命力が、あなたにはある。太陽の少女よ)


彼女はお気に入りのドロシーの歌を思い出そうとするが、
英語を習い始めたばかりの彼女はところどころの単語が思い出せない
彼女の代わりに私がその歌をハミングする

(Somewhere over the rainbow )
(Way up high )

彼女は草むらを歩いていく。
この後、雨はあがる。
そして空に虹が架かることを、彼女は知らないが、私は知っている。
私は私より20センチ背の低い彼女の後姿を眺めている。
まだ止まぬ雨の中を、私はハミングしながら、
泣き虫な夢想家の少女の背中を追いかけ歩いていく。ドロシーのように。

(And the dreams that you dare to dream really do come true)


そしてこの泣き虫で夢想家の少女を勇気づけ、喜ばせるために、
いつも詩を書いている。




自由詩 Over the Rainbow Copyright 楽恵 2010-01-17 20:24:33
notebook Home 戻る