高麗青磁双耳壷の印象
楽恵

彼とは佐賀の九州陶磁文化館の研究会で初めて会った
私が書いた明末清初の華南三彩陶磁の論文を読んだと彼は言った
高名な李朝白磁研究の専門家に自分の論文が読まれたと知って私は高揚した
その頃私は中国古陶磁を研究する院生だった
部屋に入れたのは
古伊万里の染付けと清朝初期の青花陶磁の違いを教えてあげると言われたから
もちろんそんな口実より
中年のインテリ男がどんなセックスをするのかという興味の方が大きかった
処女のふりをして抱かれた
硬質の北宋白磁を鑑定するように彼は少し手荒く私の性感帯を調べた
八百年前の白磁を鑑賞する時と同じ彼の眼つきに私は興奮した
騎上位で跨り
彼の眼の中に清朝青花壷に描かれた乱舞する青い龍を探した
地方の古陶器市や古美術展覧会に合わせて彼と逢った
セックスの後で彼はいつも、
君は高麗青磁のようにまっすぐな人だね、と言っていた
白磁ではなく青磁であることが私はいつも不満だった



私たちが別れたのは大阪の東洋陶磁美術館だった
彼はオランダ陶器のように華奢な奥様と並んで歩いていた
私に気づいた彼はさりげなく顔を背けた
悔しさ以前に
私は肝を潰して逃げた
奨学金と親の援助を受けた学生気分の抜けない24歳の私は
あの場所で始めて社会とぶつかったのだ
それから私は彼を避け送られて来る手紙は全て読まずに捨てた
院を修了してからは趣味程度にしか陶磁器に触れていない



ねえ先生、私が逃げるように先生から去って
本当は内心ほっとしたでしょう?
先生から東洋陶磁学とセックスの基本を叩き込まれたのに
私、お礼の一言もしなかった
意地悪だったかしら
でも先生、私、意地悪な女のままでいたいと思うの
高麗青磁のあの青のような女でありたい
意地悪で冷感症の磁肌に
硬く透明な釉薬をかけて
五百年でも千年でも
すっくと独り立っていたい
そう思うの


自由詩 高麗青磁双耳壷の印象 Copyright 楽恵 2010-01-15 01:21:46
notebook Home 戻る