語ることのない物語
kauzak

主の居ない実家の風通しに行って
帰京する日の昼食は
親父が通いつめていたラーメン屋

生前
親父は帰省していた僕が帰京する日には
決まってこのラーメン屋で一緒に昼食を食べた

それだけが唯一の親父との思い出のように
僕が執着してしまっているのは
何故だろう

口論ばかりの晩酌や
実家の砂利を踏みしめるバイクの音や
茶の間のテーブルに少し背を丸めて煙草を吸う姿や

親父との思い出のほとんどは
親父が居たからこそ成り立っていて
自分ひとりでは再現することはできなくて

唯一
帰京するときにこの店で昼食をとる決めごとは
決めごと故に再現できる

そう思って味噌ラーメンを食べていたのに
麺が細麺であることに戸惑っている
太麺だったような気がするけれど確証はなくて

店の主人に聞いてみたい

でも聞いてしまうと
親父が亡くなったこと
帰京する日にはいつも食べに来ていたこと
だから今も同じように食べに来ていること
まで口走ってしまいそうで

身の上話を押しつけられても迷惑だろうと
話しかけることができずに
曖昧なまま受け入れるしかない

曝け出せない僕はこうして
思い出を風化させていくのだろうか
それでも思い出の核だけは残ると信じたい
信じたいのだ


自由詩 語ることのない物語 Copyright kauzak 2010-01-09 23:37:55
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