芦毛の伝説
ブライアン

電車のつり革につかまり、揺らいでいる男性。
おそらく、電車が止まる度に生じる力に抗する力を持っていないのだ。
男は頭をうなだれている。
よろめく姿から想像する。
彼は、今眠くて仕方ないのだ。

それでも、つり革につかまった男の手は、
肉が食い込むほど強く、握られている。
重力に抗するように。
もちろん、男が持っている力ではどうにもならない。
幾たびか、男はつり革の手がはずれ、地面に叩きつけられるような感覚を味わう。

そして、奇妙なことに電車の座席は空いていた。
他の乗客は訝しげに彼を見つめることしか出来ない。
田園都市線の修行かもしれない、と。

駅に止まる力で、男は大きく崩れた。
そのために、男は一瞬で眠りから覚める。
駅名を確認する。
夜。光に灯された、駅。

知っているか?と男は尋ねた。
馬の見かたってやつを、と。

握られた新聞を空席に置き去りにし、
男は足を引きずるような格好で、閉まりかけのドアから降りた。

中山競馬場へ向かう電車の中で
男は20歳くらいの若い男に出会った。
男はその若者に、一つの啓示を残した。
かつての老婆達たちの昔話のように。

男は、階段を下りながら思い出す。
意識とは遠いところ。
白い馬はブタだ、と。
ブタに100円だってかけられやしない、と呟いた。


1988年、地方競馬で電撃的な強さを引っさげて中央競馬にデビュー。
ペガサスステークス、毎日杯と2つの重賞を獲るも、クラシック登録を行っていなかったため、中央競馬三冠戦線の出場が出来なかった。
NZTでレコードを出すと、初の古馬との対戦になった高松宮杯(当時はG?)でもレコード勝ち。ほとんど休みなく使われたオグリキャップ陣営も秋のG?戦のローテーションを組む。

毎日王冠で一流の古馬相手に、再び1着。もはや強さを疑うものはいなかった。

続く天皇賞秋では重賞7連勝中のタマモクロスに敗れ2着も、この時点で幻の三冠馬と呼ばれるに相応しい存在となる。
馬主からのタマモクロスへリベンジのリクエスト。続くジャパンカップに出走、馬主の意向の上、先行策をとるも折り合いがいかず3着。有馬では、条件付で騎乗に岡部。中央G?初制覇を果たす。

翌年、怪我のため春を回避。オールカマー、毎日王冠を1着。その後、天皇賞秋(2着)、マイルCS(1着)、ジャパンカップ(2着)、有馬記念(5着)と、怒涛の出走を続ける。

翌年、安田で1着、宝塚で2着後、怪我を発症。天皇賞秋は絶望的、といわれながらも出走し6着。続くジャパンカップで11着の惨敗。
壊れるまで走らせたがっているような馬主サイドと競馬ファンの間の軋轢はひどくなる。ついに、引退させろ、と強迫状が馬主の元に届いたらしい。

オグリキャップはその年の有馬で引退をすることになった
誰もオグリが1着を獲るとは思っていなかった。その年の冬も、やはり走りすぎていた。オグリキャップの人気は4番。馬券を買ったファンが一番思っていたはずだ。オグリキャップが先頭でゴールを切ることはないだろう、と。
だが、オグリは勝った。

33戦22勝
アイドルホースだったが、屈強な馬だった。

芦毛の怪物と称されたオグリキャップの馬券を、
男は家のアルバムに貼り付け保存している。
男は、ブタの馬券を眺めながら、再び中山競馬場へ向かうことを楽しみにしている。


散文(批評随筆小説等) 芦毛の伝説 Copyright ブライアン 2010-01-03 19:18:10
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