だからといってそれが冷めてしまうまでここでこうしているわけにはいかないのだ
ホロウ・シカエルボク







君はうんざりするような春の幻の中で
僕が捨てた声を拾い上げながらずっと微笑んでいる
揺らぐことのない穏やかさに
敵わない何かを感じて僕はうなだれてしまう

秋に降り積もったまま捨て置かれた枯葉が
誰かの足の下で砕けていたいけな芸術に変わる
ふっと空気が変わるごとにどこかへ飛ばされてしまうそれは
何度でも僕を途方もない哀しみの中へ放り投げてしまう

網膜の中へ飛び込んでくる冬の陽射しは取り返せない時間のようだ
何が落度だったのかそうと知るたびに
なぜあの時そう出来なかったのかといたずらな逡巡を繰り返す
メイン・ストリートの見えないほど遥か彼方からやってきたバスが
乗る気もないのに立ちつくしている僕に警笛を鳴らしながら通り過ぎてゆく

僕らはまるで際限なく砕けて
世界の端と端へ飛ばされてしまった枯葉のようだ
どんな神がそれをかき集めてみたところで
正しいかたちに戻るためには足りないものがいくつもあるのだ

市場の隅でひっそりと客を待っている
ブレッド・コーナーの伏目がちの男に話しかけて
チリ・ドッグとブラック・コーヒーを買った
男は数秒後には気のせいだったのかもしれないと思えるほどの小声で
マニュアル通りの言葉を吐いて読んでいた本に戻った
「ヘミングウェイ短編集」とその扉には記してあった
彼の背中が見えるベンチに腰をおろして
彼をここに座らせているもののことを思うとほんの少し寒気がした

網膜の中へ飛び込んでくる冬の陽射しは取り返せない時間のようだ
紙カップの中のコーヒーから立ち上る湯気のせいで世界はすべての実像を失い
休日の行き交う人々は声だけで存在を維持しているみたいに見える
瞬きをすると自分自身が
誰かと入れ替わってしまうようなそんな気がして
ずっと目を開けたまま遠い世界を眺めていた

ほんの少しこれから何をすればいいのか見えた気がしたのは
君の瞳がかすかに脳裏をよぎる瞬間だけだった
コーヒーを飲みほしてしまうときっとそれは夢のようなものに変わってしまう

だからといってそれが冷めてしまうまでここでこうしているわけにはいかないのだ








自由詩 だからといってそれが冷めてしまうまでここでこうしているわけにはいかないのだ Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-01-02 18:06:05
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