兄のマル
喫煙変拍子


家に帰ると兄が花壇を取り壊していた


“マルを作るんだ”
“マル?”
“庭いっぱいの”


思い立ったがまま行動するのは兄のいつもの癖だ


ほんの1ヶ月前、兄の顔はまさしく今と同じだった
朝、僕が目を覚ますと日光の気配はなく、全ての窓が何かで暗かった
結局、それはだらしなく繋ぎ合わされた巨大な一枚の布で、我が家全体を覆っていた
布には大きく「ネコ」と書かれていた

“ネコに飲み込まれちまったんだ、俺達の家”
“キチガイ”
“悲しいことじゃない、どうせそのうち消えて無くなるんだから”


兄の入れる茶はいつも不味かった
それは葉の所為ではなく兄の所為だった
僕はいつものようにそれを啜るしかなかった


“マルができた”


僕らの庭は、無理なくキャッチボールができる程度の広さを持っていた、はずだった
しかし今は、得たいの知れないベニヤ板の物体に圧迫され、とても窮屈そうだった


“入ってみれ”


僕は言われるままに身を縮めてマルに入った


(中は電飾が施してあった。電飾といっても小豆程度の電球を無造作にぶら下げているにすぎない。ほんの数秒間足を進めるともう本物の光が見えてくる)


“もう1回”
マルを出ると兄は笑っていた
汚い歯を見せながら人差し指を突き立てて兄は笑っていた
言われるがまま、僕は再びマルへ入った


“もう1回”
また兄は笑っていた
言われるがまま、僕は再びマルへ入った


“ブヘハハハ ブヘハハハ”
兄は腹を抱えて笑っていた
僕の足はもう兄の命令を受ける前にマルの中へと進んでいた


“グヒフフュヘ ブヒバフュヘ”
地面にひれ伏して笑っていた
呼吸困難にもとれるその肺の音を僕は心地良く感じた
心地良く感じて僕はマルへ入った


マルの中には電飾が施してあり、それはとてもチグハグでまるで兄のようだった


マルを出ると兄はいなかった


自由詩 兄のマル Copyright 喫煙変拍子 2004-09-22 23:31:41
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