インド旅行記8(バラナシ)
チカモチ

火葬場を見てきました。文字通り、死体を火で燃やすところです。

輪廻転生を信じるヒンドゥー教徒は墓は作らず、死者は燃やして川に流すのが主流のようです。聖地で焼かれ、ガンジス川に流されることが彼らにとって最大の幸福なのだとか。今回の旅行で私はここに訪れることを一番楽しみにしていました。

ちょっと込み入ったところにあったので分かりにくかったのですが、子どもに誘導されてたどり着くことができました。火葬場で待ち構えていたのは、この付近でボランティアをしているという老人。どうやら火葬場を見下ろせる場所に案内し、解説をしてくれるみたいです。

老人に連れられて塔に登り、見下ろしてみると、ちょうど死体がこれから燃やされるようでした。男性、女性、そして布に包まれた老人。彼らは大量の薪の上に置かれ、腐臭を防ぐという粉をかけられた後、燃やされ始めました。

老人は様々な解説をしてくれました。
・ここで燃やされるのは男性、女性、老人に限られており、子どもやプリースト、動物などは燃やせない。
・男性は腰、女性はお尻の部分を残し、その箇所はガンジス川に流す。
・多くの人がここで火葬されることを夢見ており、インド全土からここに死体が運ばれる。ただし中には薪代を払えずに叶わぬ人もいる。
・死者の妻は感情的になって泣いてしまうことが多いから立ち会えない。ここはあくまでハッピーな場所であり、涙は不適切。
等等。

ガイドは英語だったので全てを理解できたわけではなかったのですが、ヒンドゥー教徒にとってここで火葬されることが幸せであることはよく分かりました。
老人の長い解説を聞いている中、死体はだんだんと小さくなっていきました。ある程度距離があるせいか、はたまた粉のおかげか、死体の腐臭は全く感じませんでした。

あの煙に死者のカルマが宿っているんだ。
胸が湧き立って仕方ありませんでした。後から考えてみても、インドにいた中でこの時が一番幸せだったように思います。火を眺めることが大好きな私にとって、ここはまさに捜し求めていた場所でした。

できれば何時間でもいたかったのですがそうもいかず。老人は「さぁ、もういいだろう」と言い、階段を降りていきました。

降りた先には老婆がおり、私にしゃがめと命じます。言われるがままにしゃがむと老婆はおもむろに私の頭に手をのせて、ぶつぶつと祈り始めました。

一通り終わったようなので顔をあげると、先ほどの老人が口をひらきました。
「この人は火葬場で自分の体を燃やしてもらうために、ここで死がおとずれるのを待っているんだ。だが、この人には薪を買うお金がない。今、彼女はお前やお前の家族の幸せを祈ってくれたんだ。お礼に薪代を寄付してやれ」

うんざりしました。覚悟はしていたけれど、また金食い虫です。「ごめんなさい。私にはお金がありません」と言い、チップ程度のお金を老婆に払って外に出ようとしましたが、当然老人は許しません。
「お前、ガイドしてやったのにそりゃねぇだろ。さっきも言ったとおり、薪代を払えなくて火葬されない人がたくさんいるんだ。寄付しろ!」

ごめんなさい(I'm sorry)。私にはお金がないんです(I have no maney)。色々な人が私をだましてお金を奪っていった(Many Indians deceived me)。ごめんなさい、払えない(I'm sorry,I can't pay.sorry)。
やりきれなさでいっぱいになり大声でわめき始めると、涙がにじんできました。どうしてみんな寄ってたかって金を奪っていくのか。どこへ行っても金、金、金。もう疲れた。本当に疲れた。

火がついたようにわめきだした私に対して、老人は驚いて説得し始めました。
「お前、なんだって泣き出すんだ。俺が何をしたっていうんだ。そもそもここは泣くところじゃない。神聖でハッピーな場所なんだ。泣くんじゃない。それをお前はソーリーソーリーソーリーソーリー言いやがって。一体どうしたっていうんだ」

だってあなたが大金を払えって言うから。でも私には払えない。ごめんなさい。
なおも泣きわめく私に業を煮やす老人。周りには軽く人だかりができ、気がつけば火葬場に案内してくれた少年もじっとこちらを見ています。
はやしたてられるのかな、と思いましたが彼らは意外と好意的でした。一部は老人に対して非難めいた視線を送り、一部は心配そうな顔で事の成り行きを見守っていました。

多くの人に見られ老人が決まり悪くなったのか、「わかった、もういい。行け。その代わり天罰が落ちても知らないからな」と捨て台詞。お言葉に甘えて私はその場を去りました。後から案内人の子どもが追いかけ、「気にすることないよ。薪代なんて払うことないんだ」と慰めてくれました。

うーん、女人の涙は通用するものなのか。インド人ってそこまで性悪じゃないのかもしれません。


散文(批評随筆小説等) インド旅行記8(バラナシ) Copyright チカモチ 2009-12-26 10:51:02
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