【140字小説】泣く女他
三州生桑

【催眠術師】
「…サテ次ハ催眠術デス。ドナタカ御協力ヲ…」私の恋人がハイと手を上げた。「オオ何ト美シイ方デセウ。ソレデハ、アナタガ一番美シイト思ッテヰルモノハ何デスカ?」口を開きかけた瞬間、彼女は一輪の紅い薔薇になってしまった。彼はその薔薇をタキシードの襟に挿し、にこやかに舞台を降りて行った。


【泣く女】
独り言を呟きながら若い女が近づいて来た。「絶対に許さない! 絶対に!」女は号泣してゐる。すれ違ふ時に私は少し笑ってしまった。余りに泣き顔が醜かったので。都会には色んな人がゐるなと思ひつつ、スタバでカフェオレを飲む。窓の外を見ると、さっきの女が泣きじゃくってゐた。私を指差しながら。


【ラーメン屋】
遺書は書いてなかった。彼は高層マンションの屋上の金網を乗り越えた。イヂメで自殺か、進路で悩んだ末に、といふ新聞見出しが目に浮かぶ。黄昏時の眼下の街は静かだった。ふと、ラーメン屋のチャルメラが聞こえてきて、少年の腹が鳴る。ラーメン屋の親父は、14歳の少年の命を救ったことを知らない。


【クリスマス】
この歳になると、子供の頃のクリスマスの思ひ出など何も憶えてゐない。学生時代に一度だけ彼女と過ごしたことがあるきりだ。あの夜に贈った黒猫のブローチは捨てられてしまっただらうか。「ねえパパ、サンタさん本当に来るかなぁ?」娘には彼女と同じ名前を付けた。私は一生そのことを後悔するだらう。




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散文(批評随筆小説等) 【140字小説】泣く女他 Copyright 三州生桑 2009-12-24 20:30:05
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