【140字小説】美少年他
三州生桑

【雑踏】
地下街の雑踏で見知らぬ若い男に肩を叩かれた。「はい?」何やらまくしたてられるが全く理解できない。何語だらう。男は段々激してきて私の肩を小突く。「何するんですか!」男は声高になり、またドンと肩を突く。野次馬が集まり始めた。男は私に唾をかけて去って行く。あれは私の祖父ではなかったか?


【羨望】
「ソープ行ったで」「ふむ」「車買うたんや」「ほう」「女の子紹介してや」「ああ」「車でやってもた」「ははは」「婚約したわ」「おめでたう」「三人で食事行こ」「いいね」「披露宴の司会頼むわ」「OK」そして私は彼から絶交を言ひ渡された。彼は何物も羨まない私が、羨ましくて仕方なかったのだ。


【美少年】
美少年は菫色の瞳で私を見上げる。「日曜、すっぽかしちゃって御免なさい。怒ってる?」「いや」ゆっくり腕を絡ませてくる。「常連のお客さんとホテルに行って…しつこくって」少年からプレゼントされたネックレスが、じわりと首を締めつける。「ねえ、怒った?」明らかに彼は私に殺されたがってゐた。


【ロボット】
ロボットは、ぎこちない手つきでコップをつかんだ。「慎重にな」博士が言ひ終はらぬうちにコップは粉々になってしまった。「ああ! 莫大な研究費をかけ、科学技術の粋を集めて作られたロボットが、コップを持つことすらできないとは!」ロボットはため息をついて言ふ。「歯医者さんのコップにしてよ」


【そば屋】
天ぷらそばを食べてゐた友人が急に白目をむいた。「おい、大丈夫か?」食べかけのエビ天の尻尾が痙攣してゐる。おかみさんはカウンターで居眠り、親父は店の片隅で落語の練習中。友人の鼻の穴からヌルリとそば星人が這ひ出てきた。「ワレワレハ地球を征服スルタメニ…」…私はきつねうどんを平らげた。


【売春婦】
事を終へ、一息ついた所で女が煙草を吸ひつけて渡してくれた。私は吸はないのだが。女の内腿には見事な緋鯉が彫ってあった。風呂で泳がせる趣向だ。サイドテーブルに文庫本が載ってゐる。「そりゃ何だい」「前の客が置いてったの」ヒルティの眠られぬ夜のために? 私は笑った。女は煙草に火をつける。





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散文(批評随筆小説等) 【140字小説】美少年他 Copyright 三州生桑 2009-12-22 20:32:41
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