しき
サカナ
8月のはじめの
まだ水のあふれていた庭で
あたためておいた6月の
水々しい果実を口にする
風をおとしたような日陰には
小さな花が咲いて
あれは5月の始まりの
ささやかな名残なのだと思った
桃という名のくだもので
囁き合ったのは2月
以来待ちこがれていた庭で
12月の子どもと並んで居る
いとしい果実はやわらかくむかれて
思わず戦慄したのは
10月のあなたの皮膚が
あの皮のようにするりとむける様を想ったから
果実は幼児の手の中でまるく
6と10とは繋がらない
日々の安堵をつめたような1月に
4月の帽子屋が紅茶の中に種を
3月の兎がそれを飲み
小さな種は発芽して
立派な果実となりました
視線を落とす先に
根元でうなだれている
ラヴィットファーとシャッポ
気だるく
7月の雨に打たれ
腐り
育て
還る
何処へ?
果実は幼児の手の中で
まるくて
隣に居るのは11月の私
何処へ
口に運ぶ
果実を口にする
肉片という言葉を思い出す
7月の雨になら
靴も濡れて光っていた
その下の胃袋は
悲鳴をあげていたというのに
安堵する8月の庭で
わたしは確実に死を想う
この身もいつか還るだろうか
この血や骨や心臓は
死んでなお
何かを育てるだろうか
ふと耳元に手をやると
触れる9月の青い石
光を増した
一巡りするのだ
どこへもずれることなく
避けられないものなら山ほどある
それらを抱えて桃を食む
大丈夫
ずれはしない
そもそもことの初めから
繋ぎ目というものがなかった
円やかに前転し続ける12の季節と死
一瞬に凝縮された暗示
それらを纏った皮をむく
わたしはまだ上に立つ者として
このやわらかい桃を食む
自由詩
しき
Copyright
サカナ
2004-09-21 21:50:05