破片を隠すあなたの手は、綺麗ね
あぐり




滑るあなたの感触を憶えている夜に
赤い爪へ哀しみを載せれば
空に刺さった月の破片が名前を欲しがっていた

ささくれた薬指の皮を切ろうと鋏を探すんだけど
探すんだけど
部屋の片隅に転がっていた鉛筆に呼ばれる
細く続く音楽に溶けて
風呂場で死んでいる昨日を描き出すわたしの名前を
あなたが必死に台所から呼ぶのだけれども
わたしはそれが寝言だってわかっているから
もう、全部、わかっているから
後であなたの髪をいちばんの優しさで撫でてあげよう
怖い夢だったね
怖い夢だったね
叶わない願いは口にしちゃだめだよ
密かに想って、想い続けて
いつかひとりにだけ打ち明ければ良いんだから
叶わない願いは口にしちゃ、だめだよ

明日も
あなたの感触と赤い爪を抱いて
浴室に籠るだろう
今日はわたしが産まれたので
きっと明日もわたしが産まれてくる
その美しく疎ましい一瞬を
切り取る鋏は
あなたがわたしのからだのためにと隠した
あなたの幸せだけを祈らないわたしの
そんなわたしのために
あなたは散らばる破片を隠していくんです
ありがとうと言えるのは
あなたがそれらを決して捨てないからだった
いつだってわたしのなかに
あなたは自分を置かないから
本当のあなたの存在を抱こうとした時に
いつも
わたしは浴室で死んでいくしかないんです
わかりあえないことが哀しいなんて
そんなことを思うのは
あなたの腕の中だけで
叶わない願いは口にしちゃだめなんです

あなたのひとりがわたし以外であってほしかった
わたしのひとりがあなただったら良かった
叶えない願いは
どうか
お願い、
わたしの前で囁かないでほしい





自由詩 破片を隠すあなたの手は、綺麗ね Copyright あぐり 2009-12-03 22:02:00
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