架空の国と、マクドナルドでゆっくりと立ち上るタバコの煙
robart


架空の国の話をする。

その国(仮にA国とする)はもとより存在しないことはおろか、むしろ僕の頭の中で自由に形を変える。例えばあるときは広大な海原にぽつんと浮かぶ島国であったりする。僕はアイリッシュ海のランディやファストネットといった島々を想像する。またあるときは砂漠の中の都市国家だったりする。石造りの家が立ち並び、週末、市場はそこそこの盛況を誇る。狐がネズミを追いかけまわす。やっと捕まえたと思った瞬間、狐は人間に射殺される。そんな閉鎖的空間を僕は想像する。そしていずれこの国がソドムとゴモラのように滅ぶのだろうかと憂いたりする。

便座上A国と呼ばれるその国は(もちろんA国呼ぶのは僕と、その架空の国民だけで、本当の名前に至っては誰も知らない。)当然ながら国連には所属していない。あまつさえその存在は僕以外の人間には誰も知られていない。しかしA国には多種多彩な文化とそれを支える100万人の国民がいる。民主的な政治が行われているし、先日大統領が2期目の当選を果たした。
その大統領を陰で操る黒幕が僕な訳だけれど。

他にもA国は僕の影響を如実に受ける。これは当たり前のことだ。A国とは、僕の脳内の、それもコンマ以下何パーセントのそこそこに優秀なニューロンたちが結びつき合ってつくられた国なのだから。だからこそ、僕がマクドナルドでA国を想像すれば、A国の大通りには黄金のアーチがかかったりする。僕が睡魔に襲われればすぐさま夜になったりする。TVに汚職議員が映し出されると、A国でも逮捕者がでたりする。

しかし先日、空港の喫煙エリアでタバコをくゆらせていると、A国のNPOあたりが大々的に禁煙キャンペーンを行ったりしてきた。そう。たまに彼らは僕に歯向かったりする。あるいは僕の無意識下で勝手に道路拡張工事を行ったりする。山を削ってニュータウンをつくったりする。ある朝目覚めると精神病棟が郊外につくられていたこともあった。患者はみんな少年で、誰もが同じ独り言をつぶやいていたりもした。僕は気味が悪くなってすぐに消去を試みたが、この病院は今もダウンタウンから山を2つ越えたところに建っている。これは実に妙なことだ。僕の想像が僕を越えだすと、僕は僕の責任を果たせなくなる。僕はA国が島国のときも、砂漠の都市国家であるときも、あるいは近未来的であったり退廃的であったりしたときも、それなりにそれなりの対応をしてきたつもりだ。島国であれば僕はハリケーンを想像しないように心がけたし、砂漠の国では近くにオアシスをいくつも点在させた。近未来的な様相を呈していても、クローン人間の倫理問題を国民に十分に議論させたし、退廃的であっても生産性は維持させた。架空の国の人間にも人権はある。しかしそれよりもまず僕に人権がある。

最近では彼らは僕の存在に気付いたようで、僕の現実世界における行動に口を出すようにもなった。だが僕がA国には存在しないように、彼らも僕の世界には存在しない。これはルールでも法でも定義でもない。当然の事実だ。しかし彼らは僕のニューロンを通して僕に注文をする。もっとA国を温暖なところに配置しろと主張した与党がいて、いやもっと涼しいところがいいと反論する野党がいた。僕は彼らに、せめて意見を統一してから注文するように言い、そして僕個人としての責任を果たすべく地球温暖化についての本を数冊購入したりした。こんなことはあり得ないことだ。彼らは僕にもっと賢くなれだとか、C言語をマスターしろだとか、建築基準を見直せだとか、そんな主張を繰り返してきた。ことあるごとに人権を主張し、僕の存在を否定してきた。僕が少しでも反論をすると、僕の脳内のニューロンは一斉に言論圧殺を試みてきた。激しい頭痛が何日も続くこともあった。嘔吐と発熱も伴った。

僕はついに我慢が仕切れなくなった。昨日僕はA国に宣戦を布告した。A国議会もその日のうちに僕に対して宣戦を布告した。双方が自分たちの人権を主張した。僕は勿論僕が正しいと思っているし、彼らも彼らが正しいと思っている。戦争とはそんなものだ。

民主主義のA国は、何をするにも議会の認可を必要とした。そして100万の人間を統率する必要があった。彼らは軍隊を前線におくり、(無論、僕は軍隊など想像したりはしていないし、そもそも前線がどこにあるかなどは見当もつかない。)国民に僕の存在を知らせ、恐怖をあおった。

僕は僕なりに戦闘準備を整えていた。解熱剤と、鎮痛剤と、精神安定剤を入手した。それと兵器に関する専門書を通読した。

今僕はマクドナルドにいる。それなりに店内は混んでいて、ほとんどの席は埋まっている。花粉が飛散しだしたらしくマスクをつけた客が散見できる。僕はチーズバーガーとコーヒーを注文して最奥の席に座った。チーズバーガーの包装紙を開き、かぶりついた。コーヒーにシュガーとミルクを入れ、ポケットからタバコを取り出した。
A国にも国際法は適用される。
僕はそっとタバコに火をつけた。ゆっくりと立ち上る煙は開戦ののろし。

僕はA国にとびきりの核兵器が落とされるのを、躊躇なく想像した。


散文(批評随筆小説等) 架空の国と、マクドナルドでゆっくりと立ち上るタバコの煙 Copyright robart 2009-12-01 16:18:01
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