11月のボーイズラブ特集
済谷川蛍

 最近、4講時の講義を終えて裏門の階段を下りると、そこに3人の女子高生がいつも座っている。まさか、僕のファンだろうか? と思ってしまうところが僕のかわいいところだろう。今年大学に入学した1年はルックスのいい男子が多いと思う。新入生が28人という過疎大学であるが、そういう存在は影を落とした大学に一種の活気を与えてくれる。ただ、僕が求めているのは僕と友達になれるような人だ。いないだろうか。ただの人間には興味ありません! 大学には変人が必要だというのが僕の持論なので、僕は大学で変人を演じるようにしている。女子高生と友達になりたい。彼女たちはきっと頭が悪いだろう。しかし明るいのではないだろうか。僕が失った2度と取り戻せない華やかな時間を持っているのではないだろうか。しかしどうやって声をかけたらいいのかわからない。たとえばこんな方法を思いつく。

 女子高生のスカートをめくる。
 黒。
 キャア!
 動かないで!と言って、カタツムリを見せる。
 スカートについてたんだ、と言ってカタツムリを生垣に逃がす。
 タバコに火をつける。
 「お茶でもどう?」
 「えっ、いや……あの、いいです…」
 彼女たちは一斉に道路の方へ去っていき、高野山交番に行くことにする。
 俺はココストアで夕飯を買う。

 次の日、ロッカーに「事務室に来るように」という紙が貼ってある。昼休みに行くことにし、15分遅れで1講時の教室に入る。
 昼休み、僕に気付いたメガネをかけた男性事務員が「ああ、ちょっと」と言って個室に来るように言う。
 「中谷くん、昨日高野山高校の学生さんから連絡があってね」と確認され僕は「はい、すべて事実です。どんな処分でも受けますよ」と言う。
 「いや。注意だけ。学長にも知らせていない」
 4講時目の授業が終わり、裏門の階段を下りる。
 女子高生たちが座っており、足音に反応してこっちを振りかえる。1人小柄な男子が混じっている。
 「あなたに告白したいって子がいます」
 「うん」
 女子たちが男子にほら、と促す。男子は顔を真っ赤にして
 「っつ…あ、あの…」
 他の大学生が階段を下りてきてしばらく僕らは妙な構図のまま動きを止めた。大学生が去ったあともなかなか凍った時間が溶けない。高野山の気温は3度ほどだろうか。
 「お茶でもどう。僕はとても寂しいんだ。もっともそれは自分が望んだ結果なんだが。今日は特別な日なんだろう、たぶん」
 3人の女子高生の顔をじっくりと見た。想像していたのと全然違って大した器量ではなかった。化粧をしておらず、丸出しのブスだった。セーラー服だけが救いになっていた。男子は…。こちらは告白するだけあって整った顔立ちをしていた。俯いてるときは美少年に見えるが、たまに角度が上がると美少年というほどではなかった。
 「タバコ吸うんですか」と女子高生の1人が言った。こいつが首謀者か、と思った。カバンにつけたキーホルダーなどから、いかにもボーイズラブ(男同士の恋愛に萌える女子たちの総称)といった感じに見えた。
 「いや、いい。タバコは絶対吸わないほうがいい」と、喫煙者の誰もが言う台詞を僕も自然に吐いた。僕のカバンにはタバコが異なる銘柄で7箱ぎっしり詰まっていた。僕は水を飲み溜息をついた。
 「ご迷惑でしたか?」
 「いや、さっきも言った通り、僕は寂しいんだ。それに、他人とめったに会話する機会がないから、」
 「中谷さんはホモなんですか?」
 「そうだね」
 女子高生たちが急に嬉しそうになる。
 「なんで昨日ユッキのスカートをめくったんですか?」
 「かたつむりがついてたからだよ。それにキミたちがこんなにブスだとは思ってなかった」
 「優しいんですね」
 「自分より弱い存在に対してだけね」
 「彼は可愛いですよ」
 「可愛いかどうか問題じゃない。僕は友達が欲しいんだ」
 彼女たちがキョトンとする。
 「キミたちはバカだからわからんだろう。簡単に口で説明できるもんじゃないんだ」
 「ユッキは早稲田に行くんですけどー」
 「すごいね。何学部」
 「教育学部です」
 「僕は文化構想学部に入りたかった」
 「なんで入らなかったんですか?」
 「勉強しないからだよ」
 「それってバカってことじゃないんですか」
 「僕とユッキ、どっちが頭いいか、本気で考えてみてくれ」
 ウェイターがケーキを置いた。
 「ところで平野くんとつきあってあげるんですか」
 平野くんはシャイな性格で今まで一言も喋っていない。いかにもウケって感じだ。僕の答えを永遠に待ち続けている。断ることなんて出来ない。
 「僕はね、平野くん」
 平野くんがおそるおそる顔をあげる。
 「セーラー服着た女子高生が振り向いたら実はドブスだった、みたいな男なんだ。そこの彼女たちのように」
 コップをガンと置いて財布から千円札を2枚取り出しテーブルに置いて店を飛び出す。肌が割れるような冷たさ。
 うらさびしい山の上の生活。
 友達よ、どこにキミはいる。僕には待つことしかできない。永遠に待ち続けている。友達よ、時間が過ぎていく。もう、僕も若くない。寂しい…。寂しい…。友達よ、死ぬまでキミを待ち続ける。風になって、無に還るまで。だけど、友達よ。僕は、身体があるうちにキミを抱きしめたい。いつか逢おう、友達よ。

 とこんなこと書いてるから明日も講義に遅れる。


散文(批評随筆小説等) 11月のボーイズラブ特集 Copyright 済谷川蛍 2009-11-24 03:13:34
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