懐かしきセーヌ川の畔
綾瀬たかし

 
 
 
【懐かしきセーヌ川の畔】



 かつて心は麗らかな春のように愛で満たされていた。
 あなたと何度も歩いたセーヌ川の畔路には
 今もあの頃と何ひとつ変わらぬ彩りの花が咲き
 柔らかな陽射しが私を記憶の断片へと誘う。

 あなたと出逢い
 あたりまえのように恋をして
 手を繋いで歩いていた
 あなたはいつでも私の心を魅了し続け
 過ぎ去る日々をあたかも何もなかったことのように
 繋ぎ合わせていた。

 晴れた空に鳥たちと歌い
 曇った空に雨と泣き
 明星の空に朝陽と焦がれ
 宵闇の空に星たちと語り
 そうしてあなたへの愛を投げかける私に
 あなたは微笑みを絶やさず私を受け止めてくれた。

 そんなあなたに逢えなくなった日
 私は生涯に流すだろうすべての涙を泣いて涸らした。
 来る日も
 来る日も
 目覚めては嘆き
 嘆いては眠り
 わたしの命とも呼べるあなたを失った
 わたしには何も残っていなかったから。

 今もまだあなたと歩いたこの畔路にいられるのは
 あなたが私の心の中に思い出と共にあると
 あなたがそう気付かせてくれたから。
 こうして畔路を歩いて見る風景の中に
 あなたが時折顔を覗かせる。

 懐かしきはセーヌ川の畔
 かつて心はあなたへの愛で満たされていた。
 
 
 


自由詩 懐かしきセーヌ川の畔 Copyright 綾瀬たかし 2009-11-16 23:43:22
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