創書日和「鞄」 こころのカタチ
逢坂桜
定時を3時間過ぎて、本日の業務終了。
ロッカーから鞄を取り出して肩にかけて、更衣室を後にした。
「ちょっと変わってるね。その鞄」
話しかけてきた彼と、一緒に飲み屋に行き、彼の部屋に行った。
それから2年が過ぎたころ。
私の鞄は、友人のハンドメイドだった。
趣味で鞄を作っていた友人は、ある日、ネットショップを立ち上げた。
記念すべきお客様第1号になったのだ。
後に、彼の言葉は、よくある手ではなく、本心からだと知った。
彼は、いまはもう時代遅れとなった黒いアタッシュケースを愛用していた。
父親から譲られた、と誇らしげに語った。
私の鞄は、私が使いやすいように、長く愛用できるように、
カスタマイズされた、私だけのオリジナルだ。
彼の鞄は、父親が長年愛用していた鞄を、是非にと、
彼へと受け継がれていた。
二人が共に生きる選択をできなかったのは、必然だった。
私は、二人がしあわせになる道を、手探りで進みたかった。
彼は、自分が育った家庭に染まることが、しあわせと思った。
いまも私は件の鞄を愛用している。
使い込んで年季を経て、ますます手放せない。
今日、これから会う彼は、どんな鞄を持っているだろう?
そして、彼はいまもあの鞄を使っているのか、と、
すれ違う人の鞄を見て、ほんの少しだけ、思った。
この文書は以下の文書グループに登録されています。
創書日和。