「波の声をきいて」(12)
月乃助
「ひどい臭い、あなた、部屋で何やってんの。魚の缶詰でも作っているんじゃないでしょうね。ここは、食品工場じゃないんだからね」
そこまで言って、Sayoが口を開き、そこから出される答えを待っている。それでも次には、Sayoがどう答えたらと考える間もなく、見せていただこうかしら、とミセス・ロスが部屋の中に入ってくるのを止められずにいた。
そして、彼女はアザラシを見ると絶句し、そこに立ち尽くし、今度は、Sayoに向き直り、目を吊り上げると、
「ここは水族館じゃなくてよ。ペットはだめだって知ってるでしょう。この部屋の臭い、こんなにひどいと、もう消えないかもしれないわ。あなたはどうする気。まったく、常識を知らないの、アシカを部屋に入れるなんて」
「アシカじゃなくてアザラシ…」
ミセス・ロスは今度は何も言わずに冷たい目を向けた。
Sayoは、もうばれてしまったのならしょうがないと腹を括り、これ以上水に油を注ぐようなことにならないよう、そのあとの言い訳の言葉は飲み込み、すぐに、アザラシを部屋から連れ出すと約束した。
「今すぐに、それに、絨毯と壁と、クリーニングをしてもらいます。それでも臭いが消えなかったら、ペンキを塗りなおしますからね。経費は、ディポジットから差し引きますから宜しいですね」
ミセス・ロスは、その時になって部屋の臭いのひどさを思い出したように、口と鼻を皺の手で覆うとまた、罵る言葉を残し出て行ってしまった。
マネージャーの言う言葉を聞きながら、SayoはHiromiのことを思っていた。
でも、もう元気なら、アザラシを海に帰せということだろう。Sayoはすべて、自分にもたらされることが、自分を向かわせる方向に自然と進んで行きやすいように、決断を下す。そうずっとしてきた。
もう、Penneは大丈夫だということ。
さすがにPenneも、ミセス・ロスの剣幕に何か察知した様子で、窓辺からSayoの方を顔を上げて見つめていた。
もう、大丈夫だから。そうアザラシが言った。そう思えた。
それは、海獣が魚を追うときに使う音波のようなもので語りかけているらしかった。それとも、Sayoの思い込みが、そう理解させるのか。Sayoがもう一度、Penneを見つめると、アザラシは、もう首を落とすようにまどろみの中にもどり目を閉じていた。答えはもうきまっていると、そんなふうだった。
(つづく)