「波の声をきいて」(9)
月乃助
Sayoは、マネージャーのスティーブに子供が病気だと言って、二日ほどの休みを取った。
スティーブは、夏の忙しい時期にサーバーやラインのコック達が休むのをひどく嫌がるのは知っていたが、今までろくに休みを取るようなこともなかったSayoは、別段心が痛むこともなかった。
Sayoを休ませるためにPenneがやってきたのかもしれない。そんな勝手なことをSayoは思っても、それが真実のように思えてしまう。それに、パートで働いている学生達は、週末にもっと時間数を欲しがっていたので丁度良いだろう。
Penneは、アパートにつれて来られた翌日には、Hiromiが冷凍庫の中で忘れられていた海老を解凍してやると、食欲を見せおいしそうに飲み込んでいた。不思議と野生動物の警戒心も反抗心も見せないのは、Hiromiのおかげだろう。
日曜日の朝、Sayoは、フィッシュ・マーケットに出かけていき、事情を話すと漁で網にかかる雑魚を取っておいてくれるのと、落とした魚の頭や尻尾、内臓など捨てるものはただでくれるとのことだった。
「そう、まだ生きてるのね」
青いバンダナをスカーフのように頭に巻いている娘は、Sayoがアザラシを連れて行くのを見ていた売り子で、Sayoが食べられないような魚でもよいから安く譲って欲しいと言うと、そんな答えを返した。
「ええ、少し怪我をした程度みたいだから、すぐに海に戻れると思うけど」
「でも、あなたアザラシの飼い方知っているの?」
「飼ったことはないけど…、娘はアザラシのこと詳しいから」
「そう、動物のことをなにか勉強しているのね」
Sayoはそれには答えず、それよりももっと暮らしから実践的に動物の生態を知ったようなものだと、そんなことを口にしそうになった。それで、そうそうに、また明日も魚をもらいにくると言ってウォーフを後にした。
網にかかるアザラシやアシカなどこの海峡では数え切れないほどいると、フィッシュ・マーケットの娘は、それが、漁師達の側に立った言葉をSayoに投げるのに、Sayoはそれには聞こえない振りをしていた。
そんなことは、言われなくても分かっていた。
漁業省の人間達が、害獣の名の下に岩礁に群れなすアザラシやアシカを銃で殺した時代は、それほど昔のことではないはず。それに、いまだに毛皮にしろ、オイルにしろ、ペニスをとるにしろ、アザラシを殺す理由など腐るほどありそうだった。
それでも、自分の目の前にいたアザラシは、やはり見殺しにはできなかっただけの話。
桟橋から振り返ると朝の漁を終えた漁船が数隻、戻ってくる。Sayoは、あれにもまたアザラが乗っているかもしれないと思うのに、それを始めれば切りがない、だから、それを打ち消すように、魚でいっぱいになったバケツの柄を持ち直し、ウォーフに渡された細い橋を音をさせるように上がって行った。
(つづく)