「波の声をきいて」(2)
月乃助
この店でサーバーの仕事をし始めた頃、最初は、オーダーのとり方もトレーの持ち方さえも戸惑っていたが、それも、すぐ慣れたのは何か水商売の天性があるのかもしれないと、Sayoは思ったりする。昼の仕事は、夜ほどアルコールの臭いを嗅がずに済むし、酔った客の騒がしさがなくて、Sayoは気にっていた。
夜と比べるとチップの額はさすがに少なく、長くサーバーをしている女達は、夜の方をありがたがるが、それも、Sayoのようにシングル・マムで子どもの世話をしなければならないなら、夜はあまり働きたくない。
ただ、Sayoの娘のHiromiは、もうミドル・スクールのグレード7になっているので、Sayoは週に一回だけ、頼まれて夜のシフトをするが、五時から終わりが一時というもので、十二時のラスト・オーダーをとっても片付けに店を出るのは、どうしても一時過ぎになった。
夜は、遅くなればなるほどアルコールを飲みに来る客がほとんどで、そのため、サーバーもそんな雰囲気が必要だと、マネージャーに言われた時には、それが何を意味するのか分からずにいた。それも他のサーバーの娘達が、胸をあらわにしたそんな深いネックの体の線を誇らしげに見せるブラウスをみな着ているので、そんなことかと、同じようなものを着てみたが、SayoのC+ほどの胸の谷間を見て喜んでいる馬鹿な男の客が、それで、余分にチップを置いていかないのを知っただけだった。
今、店には、四、五組の夏色の客達が窓の方の席に、陽に炙られるように座っていた。
夏の日差しをありがたがるそんな客は、それは、何か食事をする時間も光合成を必要としているようにSayoには思えて、それならば、どんな花が咲くのかと客の顔をまじまじと見つめてしまうことがあった。
ダウンタウンにある他のレストランと比べても代わり映えのしない、西海岸料理が売り物のカジュアルな店だった。少なくともSayoは、この店をそう思っている。ランチには、ハンバーガー、ディナーにはビーフ・ステーキやサーモン・ステーキ。それでも、客足があるのは、味が良いのではなくて、そんなもので満足できる客の味覚の問題だと、Sayoは、シェフにスー・シェフ達が、同じような料理学校で同じような料理を勉強してきて、ありふれたメニューを考え出すのに、そこからは、何かとっぴなすばらしい料理は生まれず、それは、この国の世界に名だたる料理のようなものを欠如させている理由と同じだろうと勝手な見解を持っていた。
それでも、店がはやっているのだから、と、Sayoはやはり少しばかりありがたく思う心はあった。
「ほら、Sayo、204のテーブル。お客がもう食事を終えてるじゃない」
マネージャーのスティーブが、サーバー・ステーションで来週のスケジュールをチェックしていたSayoに後ろから声をかけた。三年たってもヨット・ハーバーの住民達同様Say-yoとSayoのことを呼ぶ。Sayoよりも背の低い、白髪の見える頭がすぐ目の横にあって、Sayoはすぐに壁に張られた紙から目を移すと、家族連れのテーブルへ向かった。
皿を下げたが、デザートを勧めるのが面倒で、ただ、
「何か他にご注文は?」いつもの台詞を口にした。
「チェックをお願いしようか」旦那の方が、眠そうな目でSayoの顔を見て言った。この町に観光にやって来る者達が見せる、輝きを消した力の抜けた目だった。
(つづく)