ジェンマなひと
恋月 ぴの
ジュリアーノ・ジェンマって俳優が好きだった
目深にカウボーイハット被り腰のコルトに手をやる刹那
呼ばれてもないくせしてサボテンの根元に転がる根無し蓬がわたしだった
ベッドのなかでもブーツ脱がないジェンマに背を向け
見られてもないくせしてゆっくり鯨骨のコルセットを脱ぐ娼婦がわたしだった
つまるところ、わたしって旅人だったはずなのに
流転のまなざしで自分の人生を見つめる
そんな旅人だったはずなのに
てんぷら油の匂いの染み付いた狭い台所の片隅で朝餉の支度なんかしている
万年床と湿った布団のなかでジェンマとは程遠く
怒りの銃弾に撃ち抜かれたひげ面のメキシカンにも良く似た
俺ってメタボ?そんな男がもそもそぐずぐず
かいがいしくも浅漬けのきゅうりを切る包丁の音にあわせ
いっちょ前に歯軋りなんかしてやがる
クリントイーストウッドのあけすけな正義感は受け付けられなくて
マカロニサラダよりポテトサラダが好きなくせしてわたしにはジェンマが必要だった
それなのに旅人のなれの果てはこんなものかと
見切品で買い揃えた狭い台所の片隅で炊き上がったばかりのご飯混ぜたりしている
ねえ、ジェンマって誰よ
ジェンマってイケメンのこと?
寝ぼけ眼なメタボから問いかけられ
わたし旅人なんかじゃない。秋の夜長に鳴くキリギリスだったことを今更ながら思い知る