鈴木ユリイカさん編集の『Something』は世界の女性詩のカタログです
イダヅカマコト

鈴木ユリイカさんが編集し長年発行されている『something』は世界の女性詩のカタログです。
従来の詩の雑誌と違い、多くの外国人からの
すでに発売されていたり、出版されている詩集の詩から優れた詩をアンソロジーしています。
年に一冊発行されているこのアンソロジーも今回で9冊目。本当にすごいしかいいようがありません。

最新号に掲載されているのは年に何百冊も発売される全国の詩集から厳選された26人の詩とエッセイ。
さらに4人の詩と鈴木ユリイカさんの詩についてのエッセイを含んだ別冊の『Something blue』。
これであわせて1,000円というのはお得です。


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☆☆冴えわたる詩のセレクト☆☆

『Something』で一番初めに注目していただきたいのはその詩のセレクトです。
生活を土台にした詩を多く鈴木ユリイカさんは選ばれます。
戦争や恋愛などさまざまな題材から選ばれた幅広いこの雑誌には必ずお気に入りの詩が見つかります。

今回紹介したいのは、入江由希子さんの詩『あさのひかりをあなたに』です。この詩誌ではじめて見つけました。

<strong>あさのひかりをあなたに 入江由希子</strong>

あなたは もう夜明けをみただろうか
だれにもとめられないままあけていく夜の涙が こぼれ
うすいそらが あおく あおくひろがっていく
かなしみのうえにも かなしみが
かさねられてしまうときにも
どうしようもなくたちふさがるさみしさや
うめようのないむなしさ いたみ
ひかりに背をむけ 耳をふさぎ
うずくまるときにも わすれないで
しんじることのできないときでも
わすれないで
やさしさのうえにも やさしさを
あいするよりも もっとあいされて
あなたに ふれていく
あなたが ふれていく
そのひかりのはしで
うまれつづける夜明けを わすれないで


多くひらがなを使っていらっしゃること。
「わすれないで」や「あなた」と「ふれていく」という助詞や改行を変えながら繰り返されるフレーズ。
そして「涙」「そら」「あお」「かなしみ」というひややかな温度と陰影をもった連なりにとても興味を惹かれます。

彼女の詩をインターネットで探したのですが、詩集を出版されていたりとかはない様子。一度知りたい詩人です。

壷坂輝代さんの詩も昨年発売された『Something 8』で知りました。
こちらも箸を通して世界を語るとてもいい詩集です。

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☆☆海外の詩を読んだことはありますか?☆☆

普段日本では紹介されることのない、海外の詩の状況を知ることができることも『Something』の強さです。

今回は日本語と韓国語の双方で詩を書き、翻訳し発表されている
韓成禮さんによる韓国の詩の紹介と、フランスのアンナ・デュボスクさんによる短編小説です。

特に韓成禮さんによるエッセイは、隣国の詩の状況を短いページ数で知ることができる、情報量のつまったエッセイです。

国語の科目で、詩の占める比重は約20%です。ですから詩が解らなければ、学歴社会である韓国では大学に入ることができません。

とのこと。韓国は科挙の制度が今に生き残っているのでしょうか。

一般の人が詩集を買って読む社会であること。尹東柱に代表される植民地時代から続く社会変革を求める詩の歴史があることの紹介もあり、
崔泳美さんのように詩だけを書いて生活できる方もいらっしゃるとのこと。

韓成禮さんご自身が訳された彼女の詩も本当に格があって必読です。
日本人の詩にも、また日本語で詩を書くアーサー・ビナードさんの詩にも見ることができない知性を感じさせてくれます。

ここでは『水子』という詩の前半を紹介します。
絵画を観るように提示されたイメージが一気に動き出し「かかとを地に降ろすこともできない」飛ぶものたちまで一直線に進みます。日本語の詩人としてもほんとうに優れた詩人です。

原色をひらひら踊らせ
絵を音楽としても流すマティスの絵画のように
東京の北の山奥、四万露天温泉
小さく白い虫たちがくねくねと川の水のように
斜めに飛びながら流れている
まるで蜉蝣のような飛ぶものたちは
地にふれることもできず
腰の辺りのどこかで消えてしまう
中途で切れる関係を廃棄して行くように
身悶えの中でも軽い
命をぜいぜいさせながら
地に降りてとどまってみようと覆うものもあるが
熱い地面に拒否され
かかとを地に降ろすこともできない


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☆☆日本の女性詩を受け継ぐアンソロジー☆☆

『Something』に掲載されたさまざまな作品の中で、詩を愛する人にとってうれしいのは棚沢永子さんによるエッセイです。

彼女が連載しているエッセイは『
現代詩ラ・メール』という80年代から90年代まで続いた詩の雑誌の周辺。
『ラ・メール』は新川和江さんと吉原幸子さんという二人の優れた詩人によってつくられた雑誌で、日本の女性詩を長くリードした雑誌です。

棚沢さんのエッセイではラ・メールや女性詩の歴史を記録する裏方仕事の大変さ。そしてさまざまな人間関係です。
白石かずこさんについて語られたこんな部分を見ると、1983年生まれの私はとても楽しくなります。

 白石さんはいつも目の覚めるような原色のミニスカート姿で、長身の若い恋人を連れて颯爽と会にやってくる。詩人たちのなかでもダントツに目立つカッコイイ存在だった。
 彼女のお宅には何度か原稿をもらいに言ったりしたが、いつも誰かしらお客さんが居て、恋人が作ってくれた薩摩汁をみんなで一緒にいただいたり、課と思うと「明日のお米もないのよ」と言いながら近所の中華料理屋に連れて行ってくれたりして、いろいろ可愛がってもらった。


 鈴木ユリイカさん自身も『ラ・メール』の新人賞によって今に続く詩の出版の世界に入られた方。『ラ・メール』も吉原幸子も亡くなった今、鈴木ユリイカさんは女性詩の歴史を彼女自身で刻むかのようです。
 日本だけでなく世界中の詩を見るに当たって、『Something』はおすすめです。もう、年に3度くらい出版して欲しい、とてもすぐれたアンソロジーです。


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☆☆今回紹介した本☆☆
something9 (ムック)
鈴木ユリイカ (著)
ムック: 144ページ
出版社: 書肆侃侃房 (2009/6/22)
ISBN-10: 4863850050
ISBN-13: 978-4863850057

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4863850050/gendaishiforu-22
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散文(批評随筆小説等) 鈴木ユリイカさん編集の『Something』は世界の女性詩のカタログです Copyright イダヅカマコト 2009-10-12 13:45:34
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