ガーデニア Co.
カワグチタケシ
*
ぬくい雨とつめたい雨が交互に降る
六月とジューンのあいだの青い溝
雨が上がった朝
夏至の朝、光について考える
前を歩く女が引く
空のキャリーバッグのキャスター音が低く響く道
その音に先導されて
駅へ向かう
十数名の生徒たちがめいめいのピアニカで
勝手なメロディを吹き鳴らす
その不協和音に絡む単調なスネアドラム
イメージするな
脳に像を結ぶな
夏至の朝、街は白いガーデニアの香りに包まれる
**
娘たちはパリパリと音を立て
高い空の下でレタスを食べている
二枚のサッシ窓にはさまれた蝿は脱出をあきらめ
静寂が耳の中で耳鳴りに変わる
気がつけば足を水に浸している
快適さというものがなにか誤解の上に成り立っているのだとしたら
往々にして的外れな僕らの親切は
誰かの役に立つのだろうか
正午の緑道に咲くガーデニア
太陽がいちばん高く上る日に
いちばん短い影を踏むのは君自身の靴だ
最高気温は午後二時に記録される
昨夜の雨に濡れたアスファルトも
午後にはすっかり乾くだろう
***
夏花の残像が夜の庭に鈍く光る
この夜の時差を埋めたい
サンクトペテルブルクの夏至は
ヨハネスブルグの冬至
ひとりの人間がひとりの人間を待つということは
単純な足し算であり、感情の宿る余地はない
ひとりの人間がしばらく何もしないでいて
もうひとりがそれに近づいていくというだけだ
小道は街を抜け、川沿いの草の土手に出る
ふたりは一キロばかり上流に歩き
また街路に入った
都市、飛び石、色彩、気配、
そして彼女の内側に静かに雨が降り始める
夏至の夜、街はガーデニアの香りに包まれる
Contains samples from I.McEwan