モーリタニアでタコだった頃
テシノ

私がモーリタニアでタコだった頃
あなたは宇宙船の乗組員だったので
私の姿に驚かず毎日キスしてくれたよね
私は画家を目指してたけど
人類の壁の前に泣いてばかりで
そんな私の手だか足だかを
あなたは毎晩温めてくれた
私タコだしそれマズかったんだけど
あなたの温もりが嬉しくて
いつも寝たふりをしてから本当に眠ったの

あなたは飛ぶのが得意だったけど
泳ぐのは苦手でなんだか悔しそうに
いつも空で息継ぎの練習をしていた
馬鹿ね私は息継ぎだってしないでいられる
海の底から息継ぎもせずに
空のあなたをじっと見ていた

私達が壊れてしまったのは
あなたにカエルの水掻きが生えてから
これで一緒に泳げるねって
あなたは嬉しそうだったけど
水溜まりの水さえ厭わないあなたに
海洋深層水で育った私は我慢できなかった

そんなちっぽけなプライドが捨てられなくて
本当に私タコだったよね
生態系が違ったんだとかそんな言い訳
いつまでも繰り返しながら私は
半年後にモーリタニアのタコをやめた

ねぇあの頃
そうねあの頃私達
普通の心をしてたよね
ミツバチみたいに優しくて
ペンギンみたいに見つめ合い
ライオンみたいに愛し合う
普通の心をしてたよね

何にもなれないまま月日が流れた
温泉饅頭にならないかって誘われもしたけど
温かいのが得意じゃないって断った
毎晩私を温めてくれたあなたの温度
思い出して泣いたら塩饅頭になっちゃうから

久し振りにあなたを見たのは梅雨のある日
栃木県の田んぼの用水路脇だった
プラカードを掲げてあなたは
農薬のない世界を訴えてた
不思議そうに首を傾げた子供が
グワッゲロッて鳴いて通り過ぎた
後ろからそっと傘を差しかけたら
振り向いて驚いたみたいにちょっと跳ねて
必要ないよだって俺カエルだもの
それより君が濡れちゃうでしょって笑った
馬鹿ね馬鹿ねそれは私が言う筈だった台詞
あなたは泳げなくてもよかったの
だってタコってあんまり泳がないのよ

必要ないよだって私タコだもの
モーリタニアのタコだもの
あなたが泳ぐ練習してた時
どうしてそう言わなかったんだろう
また前みたいになれるかなって言ったら
前よりすごい事になるよって
あなたは私の手を握った
ああ私温泉饅頭にならなくてよかった
私とあなたは互いの吸盤で繋がって
今度こそいつまでも離れない


自由詩 モーリタニアでタコだった頃 Copyright テシノ 2009-10-01 20:26:02
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