車椅子
……とある蛙

夕暮れの通りで
僕は見る。
長い影を引き摺った
車椅子に乗った老人を

中折れ帽をかぶって
ブルゾンを着込んだ老人は
車椅子に毅然と座ったまま
一点を見つめている。

横顔には深く刻まれた皺
しかし、柔和ではないが、怒ってもいない。
彼には表情がないのだ。
老人の見開かれた眼の先には
通りを走る自動車の群と
遠く 工事中のビルの現場が

行き交うタクシー、トラック
車の騒音、
車椅子の脇を勝手に通り過ぎる
人の活発な話し声
老人に付き添いはいない。
歩道上にぽつりと独りぽっち

僕は思う。
きっと
老人の眼には映っているのだ。
この通りを走っていた都電が
きっと映っているのだ。
この通りの木造二階建の商店街が
老人の眼には映っているのだ。
祭の御輿と見物人にあふれたこの通りが

老人は誰を待つ訳でもなく
きっと明日も車椅子に座り
夕陽の中にいることだろう
あの風景とともに。


自由詩 車椅子 Copyright ……とある蛙 2009-10-01 14:37:48
notebook Home 戻る  過去 未来