スパイ女房
青木龍一郎

「はい、じゃあ、としゆき君、春に咲く花といえば?」
「スパイ女房!!」














僕らの季節はそれなりの音を立てながら
狂ったメリーゴランドのように回り続けた。
第三次世界対戦が始まって長い時間が経った。
馬に乗っている時だけ、僕らは戦争を忘れ、笑顔でヨダレを垂らしている。

メリーゴーランドに乗っている最中にラーメンの出前をとると
店の親父はきちんと入園料を払って遊園地に入園し
回り続けるメリーゴーランドステージの上に飛び乗り
僕の馬のところまでちゃんとラーメンを届けてくれた。

僕が受け取ったどんぶりを思い切り投げ飛ばし
「いらねーんだよ!」と叫ぶと
親父はヘラヘラ笑いながら
「ヘヘヘ、そうですかい…いらねぇですかい…
 そいつぁ、キツいですぜ?お兄様…
 そうかい…そうかい…わかんなくなっちまたかぃ…
 こんな弾丸飛び交う戦場の中来たと言うのにですかい…」
と言って、観覧車の方へと消えていった

その瞬間メリーゴーランドの速さは3倍になり
かかっていたメルヘンチックなメロディも
日本全国の死刑囚達が怒鳴り声で合唱した君が代に変わった。

あまりの遠心力に僕を含めた精神障害者たちは全員、外へと投げ飛ばされ
速度はさらに上昇した。
誰も乗っていないメリーゴーランドは目に見えない速さで回り続けて
最後には空高く飛んでいってしまった。
メリーゴーランドは上空を飛ぶ戦闘機にすぐに打ち落とされてしまった。















「違います、としゆき君。桜です。桜。なんですかスパイ女房って」
「ごめんなさい先生」
「謝らなくてもいいんです。次から気をつけてくれればいいんです」
「はーい」
「はい、じゃあ、もう1度聞きますよ。春に咲く花といえば?」
「スパイ女房!!」













ボロボロのビニール傘を差して、僕は赤ちゃん用品店・西松屋の店内をうろついている。
赤ん坊を抱きかかえた母親たちが悲鳴を挙げている。


僕が母親達に近づくと彼女たちはみんなそろって腰を抜かしてしまった。
挙げようとする悲鳴は声になっておらず、涙を流しながらかすれた声を漏らすだけだ。
ただ口をカタカタ震わし目を赤くする彼女達と
僕はジリジリと距離を縮め、壁に追い詰める。

そこで僕はボロボロの傘を使って歌舞伎の真似をした。
片足を上げ、手をパーにして前に突き出し、寄り目の顔を作り
「僕は歌舞伎者だぞう。エッヘン、参ったか」
と言った。
その瞬間、母親達はこぞってショック死した。
息絶えた母親たちの横で赤ん坊達はずっと泣いていた。


僕は残された赤ん坊6人を全員抱きかかえた。
「大切に育てるからね…。おっぱいだってきっと出る…」
そう言って、静かに西松屋を出た。

外では、依然として銃弾や爆弾が飛び交っており
空は戦闘機で埋め尽くされていた。空は汚い赤色だった。

「この子達が立派に育ったとき、第三次世界大戦もきっと終わってるよね…」

そう呟き、6人の赤ん坊を抱えた僕は
足下の死体を飛び越えて
瓦礫に埋もれた赤黒い街を走り出したのだった。




















「だからスパイ女房ってなんですか。まじめにやりなさいとしゆき君。
 全く…親の顔が見てみたいわ…」
「僕、お母さんの顔知らないんだよね…」
「あ…そうだったわね。…ごめんなさい。無神経なこと言っちゃって」
「いいよ、先生。僕は西松屋で拾われて以来、自分が不幸だとおもったことなんて無いよ」
「頑張って生きていこうね、としゆき君。
 それより見て、窓の外を。綺麗な青空よ」

その日、崩壊した東京タワーが建て直され、再完成した。
青空を突き刺すようなタワーの周りを
たくさんのスズメたちが羽ばたいた。
戦争は終わったのだった。
やっぱり戦争は終わったのだった。
ついに、平和は始まったのだった。


自由詩 スパイ女房 Copyright 青木龍一郎 2009-09-29 22:11:39
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