ロク
小川 葉

 
 
ろくでなしの父親が
息子が来年
六歳になる頃には
幼稚園に行かせてやると
飲みながら大ぼらをふいて
株価を上げようとしている

職場では
仕事をどんなにこなしても
それがあたりまえのことなので
株価は上がらないけど
職人だから
仕方がないと思っている

奥さんが
外車が欲しいのだと
社長に聞いた
娘は東京の
私立大に
行かせるのだとも聞いた

ふざけるな
と思ったけど
思えば僕もそんな家に
生まれ育ち
外車も私立大もなかったけど
そんなのが嫌で
家を出て
手に職しか持たない
男になってしまっていたけれども

その男が
なぜろくでなしなのかわからない
たしかにあなたが
仕事をとってこなければ
僕の腕も発揮できないけれど
父さん
あの職人を馬鹿にするのはゆるさない
自分だって足りないのに
人の店に家具を買いに行って
あそこではいくらだったとか
企業努力が足りないとか
そんなことばかり言ってる
あなたがとても
きらいだった

父の会社は倒産し
僕も継ぐべき居場所を失った
そのために僕は生まれたのに
放棄したからなのか
あるいは僕が継いだら違ってたのか
もうわからない

会社を潰した父と
会社を継がなかった僕が今
ふたりのろくでなしになって
背中で会話していると
母がやってきて

おうちが幼稚園だもんね
と孫に言って
頭を撫でると
見たことのない顔をして
はじめて息子が笑った
あんなにも素直な気持ちに満ちた
顔を見たのははじめて
のような顔をして
跡継ぎのためにもらわれてきた
養子の父と
その跡を継ぐために生まれた僕は
祖父の遺影を指差して
二人して笑った

祖父のことを
ろくでなしと呼んで
馬鹿にして
そうして涙が出るまで
二人して笑った

やっと自分の人生が
はじまった気が
父としていた
 
 


自由詩 ロク Copyright 小川 葉 2009-09-15 03:03:47
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