ページをめくると、150にも及ぶ短編が並んだ入り口に立たされる。
題名はなく整然と数字が打たれた下に展開される世界は、まるでエッシャーの騙し絵に迷いこんだようだ。
5 女の正体が実は額縁で/そこに描かれているのは海だと分かった夜/港の坂のBA
Rを一軒ずつさがしまわっている/女よ/僕の窓を返してくれと
作者が数行で完結する世界は、間口は狭くても奥行きは広くて深い。
この連続する摩訶不思議な断片に魅せられると、フラクタルな次元を彷徨っているような感覚にとらわれる。
3 まるまると熟した枇杷の実の下で/蛇はながながと寝ている/蛇の記憶は闇だらけ
/今晩はその上に/グラマラスな月がでる
ついアダムとイブの禁断の果実を連想しがちだが、それよりもふと、寺山修司が脳裏に浮かんだ。
彼が描く幻想的官能的で且つ、シュールな映像を切り取ったようでもある。
その断片が言葉と化して読み手の足を止め、その奥へと引き込むように手招きするようだ。
そうして翻弄されながら短編を渡っていくうちに、この「月光苑」の主である作者大原鮎美さんが、苑の奥深く棲んでいるのに気づくのである。
本書あとがきでも「わたしにとって「月光苑」は非常に居心地がいい」と述べている。
この「月光苑」は作者にとっては150の部屋を持つ王宮のようなものかもしれない。
これからもどんな作品が展開されるのか、大原鮎美さんの「月光苑」に招かれるのが今から楽しみである。
「詩と思想」7月号掲載