スキー場
小川 葉

 
 
お正月
母の実家から見える
山脈の麓にスキー場があった
数キロ続く田の先にある
駅前の街のそのさらに数キロ続く
田の果てに
スキー場が見えていた

とても遠いところなのに
小さな白いゲレンデを滑る
スキーヤーの影が肉眼で見えた

あの小さな影は
誰だったんだろう
あれから二十年以上たつけれど
今も生きていたらうれしい

何があったわけではないけれど
何かがあったに違いないから
いつからか母の実家には
母さえも行かなくなっていた

あの家で生まれ
あの家で暮らして
僕が生まれた家に嫁いできた
母さえも
帰ることのできない家

あの高い山脈の
麓にある小さな小さな
あのスキー場は
今もまだあるんだろうか
そして母の実家も
あの頃のままではけっしてないだろう
僕だって二十年以上もたてば
その大部分が変わってしまったのだから

僕は古いスキー靴を履いて
がちゃがちゃと
金具が鳴る音をさせながら
すっかり短くなってしまった
スキー板を担いでゲレンデにゆく
あの頃白銀のゲレンデにいたはずの
たくさんの人たちは今はいない
影だけになった
リフト券売り場の人が
僕にリフト券を渡すと
やはり影だけになったリフト係りの人が
リフトの椅子に薄く積もった粉雪を
箒のようなものでひとつひとつ払いながら
たった一人しかいない客の僕を待っていてくれて
リフトに乗ると
前にも後ろにも誰もいない
かたかたと揺れる椅子にしがみついて
終点を目指す時間が
これまでの二十年以上の時と変わりない気がすると
そんなものかもしれないと
ひとり頷いていた

リフトの終点で降りる
ストックを手前について
平らなところに滑り降りて見下ろす
その高低差よりもさらに頭上には
遥か高い山脈があるはずなのに
いつも白く吹雪いてその先は見えなかった

お正月
母の実家から見えた
そのひとつの影になるために
僕はいまこの小さなゲレンデを滑り降りる

二十年以上を費やして
登ってきた距離と高さを
いま一瞬のように滑り降りていく

あの日の僕に見えるように
あの日幸せに生きていた
すべての人のために
小さな影が
とても遠いところを滑り降りていくのを
僕は見ていた
 
 


自由詩 スキー場 Copyright 小川 葉 2009-09-14 02:02:26
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