マングース狩り
がらんどう



浅黒い顔を青白くさせながらハヌシは言った。
「マングース狩りに同行してもらえませんか」

チャールズ=シン・ハヌシはインドで先祖代々蛇遣いを生業とする一族の末裔であった。今では宮古島でガイドをやっている彼と私がはじめて出会ったのは、八年前フロリダで下水ワニを狩っているときのことであった。その当時彼は某コンピューター関連企業(名前を出せばおそらく誰もが頷くはずである)の嘱託社員として、赤外線を可視光に変換することなく知覚する人工器官の開発に関わっていた。私の方はといえば相変わらずアルコール浸りのまま狩猟と釣りに明け暮れる日々で、私の堕落した生活に腹を立てて家を飛び出した妻を背後から連銃身の猟銃で撃ち殺し手ずから剥製にしたばかりだった。妻は臓器のかわりに粘土が詰まっているにもかかわらず「ワニ革のバッグをくれたら許してあげる」と言い放ち、私は爬虫類狩りは好みではないにも関わらず仕方なく下水道に潜りワニを狩るということになったのだった。私は現地でまずプロのワニハンターであるロバート・ゲランという赤い肌の大男を雇ったのであるが、彼がクーラーボックスから取り出したムカデ(ゲランはムカデではなくヤスデだと主張していた。「違う、違う。ヤスデは肉食でないし毒も持ってない」 しかし、それは私の目にはムカデにしか見えなかった)を食い千切りながら紹介したのがハヌシであった。ハヌシは身長が一九〇センチ近いゲランよりもさらに高かったが、体重はゲランの半分さえもないであろうほどに痩せていた。だが何よりハヌシを特徴付けるのはその異様なほどに細長い手足であった。ハヌシはその細長い指で口ひげを撫でながら言った。「蛇は鰐以上に下水道に適応した生物です」。その言葉にどのような意味があったのかは分からない。私たちは結局下水ワニを発見することは出来なかったのだから。


そこは、土というよりは泥であり、陸というよりは沼であった。私たちは沼に性器のあたりまで浸かりながら(いや、私だけが、だ。脚の長いハヌシは膝下までしか浸かってはいなかった。)絡まり合い行く手を阻むマングローブを山刀で切り落としつつゆっくりと前進していた。突然、私の前を歩いていたハヌシが立ち止まり、私の方を振り返りもせずに言った。
「実のところ、私はマングースの存在を信じてはいないのです。あの強力な毒牙を持つハブを食べる哺乳類がいるだなんて。私には想像もつかないのです。その生き物がどのような姿をしているのかも」
「・・・都市伝説のたぐいなのかもしれん。俺に想像できるのも、その名前がマングローブ林と関係しているということぐらいだ。すまない、あのとき止めるべきだった」
ハヌシは明らかに怯えていた。あのコブラを鼻の穴に通らせる男がだ。
「私は何か間違ってしまったのでしょうか」
もはやハヌシが前に進む意志を失っているのは確かなことであった。


「蛇を、蛇を、蛇を食ってます! 見てください! 食ってますよ!」


両腕を失った彼女は伝染病に罹って嘔吐していた。かなり黄みがかった緑色の吐瀉物には、銀色のカエルが、ごく小さなカエルが、飛び跳ねていて。いや、蛇は出てこない。大地一面のゲロだった、電信柱の急成長も間に合わないほどの流出において、ニクロム線がはみ出していた。空まで赤熱していた。夕熱性クラーレ・ウィルスというのがその通称であり、特効薬の精製には白いワニの生殖腺が二ダース必要なのだった。帝国におけるバレリーナ兵の系譜。自販機を壊して、球体関節人形を売る小児自動販売機、小銭を借りようと思った。必要なのだった。カルテを買いに走るその様子がバレリーナに似ていたのだ。そのときにはもうドクターは論理警察に捕まっており、ロシア人の生首に連結された言語機械の件について白状してしまっていたのだ。
「犀はいます。それだけのことです。それ以外に意味はないのです」


「その後、私がどうやって帰ってきたのかはわからない。気がついたとき私は数多くの観光客が訪れるビーチで滑らかな砂の上に横たわっていた。そこにハヌシはいなかった。後日、ハヌシに電話をかけると、ハヌシはそのような事実はないと頑なにマングース狩りを否定するのであった」と私はハヌシに耳打ちした。大きな身長差があるために私は三〇センチほど宙に浮き上がらねばならなかった。
「私は今自宅でこの文章を書いている。今日で夏休みも終わりである。明日にはこの文章を六年三組担任の今井先生に提出しなければならない。タイトルは『夏休みの思い出』。宿題である」
ハヌシがそう返してくるとは思わなかった。私は全身からありったけの電気を放つと温泉まんじゅうの上にチョークでじょうずに屏風の絵を描いて坊主が手淫した。鈴木志朗康が手淫した主婦と姦淫するなかれと汝は図書館の便所の個室のドアの一番下の落書きしてあるのところよと考えたが、ハヌシの面目を失わせてはいけないと口をつぐんだ。


「アメリカ大陸にインド人はいない。それだけのことだ。それ以外に意味はない」
「蛇を、蛇を、蛇を食ってます! 見てください! 食ってますよ!」




散文(批評随筆小説等) マングース狩り Copyright がらんどう 2004-09-11 15:39:11
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