ラヴなひと
恋月 ぴの
ここに一脚の椅子があって
それは懐かしいにおいのする木製の小さな椅子
小学校の教室にあるような椅子
揺らすとかたかた音がした
そんな椅子にあなたは腰かけている
手には一冊の詩集
マラルメとかヴェルレーヌ、そんな感じの詩集で
めがねの奥の眼差しは背表紙の向こう側に拡がる世界と向き合っていて
なんだか声かけにくい雰囲気だったけど
わたし思い切って尋ねてみた
「わたしってわたしなの?」
あなたは一瞬戸惑った顔したけど
「もちろんさ」
詩集から目を上げ優しく頷いてくれた
でもね
なんでだろう
寂しさはぬぐえぬままで
わたしってさ我侭すぎるのかな
ここに一脚の椅子があって
それは懐かしいにおいのする木製のちいさな椅子
背の高いあなたが腰掛けると切り株にでも座っているみたいで
「そこの木こりさん、金の斧を落としませんでしたか」
と尋ねてみたかったのに
かたんと乾いた音がして、あなたの姿どこかに消えた