わたしたちのsaga
伊月りさ

指の先までウォーターベッド
赤ん坊はたぷたぷとした混沌だが
お母さんがいるからだいじょうぶ
  ここにいる、
  ないている、
お母さんは駆けてきて
果実グミのような鼻を口で覆って
ちゅー、と、鼻水を吸った
舌の上に溜まったらティッシュに出して
を、何度も、何度も、繰り返して
赤ん坊は更に大声で なけるようになった
赤ん坊はなき疲れて ねむることができる
昼下がり
公団の一室の
これが愛だと思うな、と
頬を緩めたわたしの横で
「えんがちょ」と言ったお父さん
きっとふざけているのだろう
お父さんの愛はきっとふざけているのだ

  また月曜日
  二十四時間前には抱かれていた肩の
  熱をこそげ取るように
  摩耗する通勤列車を降りて
  ホームの端に展開された 未消化の色と臭いが
  この目と鼻をしっかりと捉え
  途端、わたしは何十時間もの位相を超える
  吐きそう、になる

吐きそう、と言う
恋人の背中をさすったら
そうされるともっと吐きそう、と言った
ああ、よかった、吐けばいいのよ、そのほうが楽になるじゃない、
言い終わらないうちに
白い便器の縁を撥ね上げた
吐瀉物がわたしの頬に点、点、となって
いたのを知ったのは一時間後でした
ただそのとき、あなたが 吐きそう、と言ったときには
潤んだ瞳と、
燃えるように熱い背中と、
胃の痙攣に支配され 震えるからだを、
一秒でもはやく楽にしてあげたい
一秒でもはやく楽にしてあげたかった
あなたの寝息をきいてから
点、点、を鏡で確認し
指で拭って 手を洗うときには
固形物の少なさを見て
ああ、それでもすこしは栄養がとれてよかった、と思った

あの
お父さんはきっと、
生理中の女とはセックスしたくない人種で
繋がっている臍の緒を見たことがない人種で
お父さんはわたしをどう思っているんだろう
お父さんはきっと、
と、思春期にはそう思っていた女子の一人です

わたしは、わたしのいのちが溺れていたなら
かならず助けにいくでしょう
時には海、時には肥え溜め、
容赦のない
自然、人ごみ、社会、あらゆる思想、
これは勇気ではない

わたしは失えないのです
わたしたちであるということを
なので、あなたがいま、血まみれの性器を見ないよう
暗闇で浴びるシャワー音がさびしい
それでもあなたに抱かれるときの
いのちの鼓動が誇らしく
あなたの赤ん坊を産みたい
そして乳首を噛まれたい、思い切り、強く


自由詩 わたしたちのsaga Copyright 伊月りさ 2009-09-05 23:54:02
notebook Home