ラムネ
あ。

泡粒の数だけ思い出があり
からからからと音がする


競走はいつでもいちばん最後
ひとあし遅れて着いた小さな菓子屋で
真っ先に選ぶのは瓶入りのラムネ


にじみだす汗を乱暴にぬぐい
はじける炭酸を喉に流し込む
もっと刺激と甘さが欲しくて傾けると
びいだまが無情に出口をふさいでしまう


からからからと音がする


母に着せてもらった濃紺の浴衣には
あわくて儚い桃色の花びらが散る
もじもじとすそをつかみながら
下を向くわたしに差し出してくれたのは
彼のジーンズみたいに青い瓶のラムネ


横を向いたままひとくちだけ喉を鳴らす
びいだまに出口をふさがれそうになり
そうすると何だか負けてしまうような気がして
慌てて傾斜をゆるくする
あたふたするわたしの耳に小さな笑い声
青い瓶を持つ手の先まで真っ赤に染まる


からからからと音がする


ベランダの窓を開けて朝日を取り入れ
ぷしゅんと音をさせてびいだまを押さえる
溢れないように自分の口で出口をふさぎ
そのままごくごくと半分まで飲む
太陽光はほの暗い瓶に吸収され
吸収されなかった分は中のびいだまで屈折する


初めてびいだまを取り出したのは
小学校に上がって間もなくの頃だった
父親にせがんで取り出してもらったそれは
売ってるものより素っ気無く
本来の場所から出されてどこか心許なさそうで


ここにいなくちゃいけなかったんだ


空の瓶を何とはなしに眺めていると
後ろでパンをかじっていたきみが
ラムネを飲むときって蛸みたいな顔になるよね
と言った


次はもうちょっと口をすぼめるようにしよう
声には出さずにこころの中でそう誓いながら
照れ隠しに青い瓶を軽く振る


からからからと音がした


自由詩 ラムネ Copyright あ。 2009-08-31 15:23:43
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