存在のダイヤル
伊那 果

 感情のもつれを
 解きほぐすように
 受話器から延びる線を
 逆に回している
 回線の向こうの
 静かな苛立ちが
 ザーッと時折混じる
 誰か妨害しているの?

 向かい合わなくても
 つながれるようになった日から
 人は自由になったと
 信じていたけれど
 電波に乗ったこの声は
 どれほど真実なのだろう

 私は時代遅れの黒電話のダイヤルを回して
 戻っていく輪っかを眺めて
 もしかしたらこの時間が唯一の
 円熟なのかもしれないなんて考えている

 雑音は気持ちとは関係ない
 コードレスなんだ
 あなたはいう

 そうそれだけのことだけれど
 
 届けば届くほど
 見えなかった世界の黒さが増す
 届けば届くほど
 届かない隙間の溝が深くなる

 電波の飛び交う便利な世界なのに、今夜
 救ってほしい
 と思う私の願いは誰にも届かない
 それとも届いても
 誰も返してくれないだけなのでしょう

 私は一人で横書きの手紙を書いている
 母国語ではない言葉を書き連ねる
 得たいのしれない言葉だから
 わからなくても救われる

 I lived here
 ここに住んでいた とも
 ここに生きていた とも
 いえる
 
 ただここにいた とも


自由詩 存在のダイヤル Copyright 伊那 果 2009-08-23 17:38:54
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