ハウランドストリート三十五番地
狸亭


ロンドン リージェントパーク アルバニー通りの僕のホテルと
ハウランドストリートは
市街地図では同じH3の桝目の中で
日曜日の朝早く 僕は出かけた

地下鉄ポーランド駅の裏通りを
茶色の古い建物が道路を挟んで建ち並ぶ
見知らぬ街
人通りの無い石畳の上にはしめやかに雨が降っていて

眼鏡の雫を拭き取ると
そこは一八七二年で
  おお 季節よ 城よ
の天才詩人ランボーその時十八歳
  巷に雨の降るように 僕の心に涙降る
と歌ったヴェルレーヌ二十八歳

二人が共に暮らしたのは
その年の九月から十二月までの
たったの四ヶ月ばかりだったが
あれから一〇〇年以上が過ぎ去って

一九八七年の夏の朝雨に打たれて男が一人
ハウランドストリートに立っている
二十二 二十三 とそれらしい建物を探し歩くが
目指す三十五番地が見つからない

変らぬロンドンの街にあって
このあたり巨大なテレコムタワーが出現したり
目の前のモダンビル
36MC CANN ERICKSON なる看板は
トウキョウにあるオッフィスビルそのままで
男の想いは消えかかる

向こうからやって来たパトロールの二人連れ
制服制帽に身を固め 瘠せでのっぽとちびとでぶ
あなた知りませんか ハウランドストリート三十五を
二人は浮かぬ顔を見合わせるばかりで
頓と要領を得ず

それでも十字路に
古い酒場が一軒
CHARRINGTON  1757(設立)と陶器の絵入り看板
日曜日の早朝で酒場の扉もことのほか厚く
ハウランドストリートには
しめやかに雨降り続くばかりで

向こうへ歩み去る二人連れの
背の高い瘠せた影と
背の丸い影とが
ひどくうらぶれて見え
胸が熱くなってくる


自由詩 ハウランドストリート三十五番地 Copyright 狸亭 2003-09-29 09:30:16
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