青いカクテル
薬指

おれ高校のときから女の子とうまく話せなくってさ
バンド始めてからもコンプレックスっていうのかな
負い目が消えなくてステージの上でベース弾いてても
いいところでふわっと冷めちゃうんだよね
あっおれ今きゃあきゃあ言われたくてしょうがないだけなんだなって
別に音楽が好きだからとか雑誌のインタビューに載るような
ひとに誇れる理由でベース弾いてるんじゃないんだなって
気づいちゃうんだよね
十代のとき暗くって不幸だった分
今必死で派手なフリして取り返したいだけなんだよ
きっと
借金返してるだけ
みたいな
おまえ一回ライブ来てみなよ
おれきっと寝起きみたいなぱっとしない顔でツッ立ってるよ
毎日バイトして地味に金貯めて
残った時間そんなふうに使ってるんだ
ダサいよな
ごめんな
いつもこんな愚痴言うわけじゃないよ
今日はちょっと疲れたまま酔ったし
なんていうのかな
だるいんだよ
身体じゅうが



青いカクテル



あたしの彼氏だったひと恐かったのね
ちょっと機嫌悪いとウチの前にバイク
すごい音させながら
夜中でも乗りつけてきてさ
表から大声であたしの名前呼ぶの
近所じゅう聞こえちゃうような声で
降りてこないと殺すぞって怒鳴るの
なんで付き合ってたのか全然わかんない
わかんないけどね
楽しかったときもあったんだよ
夜中のファミレスで仲良くご飯食べたり
ああんって口開けさせて
スパゲティ食べさせてくれたり
優しい日もあったんだよ
でもね
あたしが生理の日は
口もきいてくれないとか
性根はきっとぜんぜん優しい人じゃなかったの
ねえ
なんで女の子ってみんな
優しいひとが好きなのかな
優しいって
そんなに大切なことなのかな
けっきょくウワベだけのことじゃない
最近思うんだ
優しくなくてぜんぜんいいから
朝起きたらまっすぐに顔洗いに洗面所に歩いていくようなひと
つぎ好きになるとしたら
そういうひとがいいなって



青いカクテル



おれはね
最初テレビの仕事やってたのよ
でっかいところじゃねえよ
下請けの下請けぐらいかな
学生のころは映画監督になりたかったんだよね
『タクシードライバー』が大好きでさ
あんな雰囲気のアメリカンニューシネマってやつ?
そんなん撮ってたよ仲間集めてさ
でも才能なくてねえ
誰も褒めてくれなかったね
本気でけなしてくれるやつもいなかったけど
なんて言うかな
まあ相手にされなかったわけよ
家も貧乏だったし
しょうがないじゃん
生きてかなきゃしょうがないじゃん
知り合いのコネでテレビのセット作る会社の営業やって
すぐやめちゃったけど
その関係の仕事いくつかやってね
今だって大変だよ
おまえまだハタチだろ
こんなとこで飲んでばっかりいると
おれみたいに苦労するよ
若いときの苦労は買ってでもしろなんて
あれひでえ嘘だよな
苦労なんか
しなきゃいいに決まってんじゃねえか
おまえ
気をつけろよ



青いカクテル



きみがこんなお店知ってるなんて
ちょっとびっくりしちゃった
なんか
大人になったね
ブランデーとか飲んじゃって
むかしはコーラばかり飲んでたじゃない
部活の帰りとか
美味しそうに
いつから?
いつからブランデーとか
そんな顔して飲むようになったの?
なんか
男のひと
なんだね
わたしはコーラの大きな缶にぎりしめて歩いてる
むかしのきみのほうが
好きだったかもな
あのころね
今でもよくわからないんだけど
わたしたち
つき合ってたのかな?
なんかね
ときどき不思議になるの
あんなふうに
ぼんやりしててふわっとしてて
なんにもなくて空っぽだった
あれって
レンアイ
だったのかなって
別にいいよ
深刻に考えなくても
ただわたし
あれ以来
なんだか男のひと
苦手になっちゃって
ふう
なんでだろうね



青いカクテル



お客さん変わったひとなんだね
いや
いつも見ててさ
まだハタチくらいでしょう?
ひとの話をよく聴くひとだなって
感心してたんだよ
でもね
これは失礼かもしれないけれど
ひとつだけ忠告させてくれないかな
みなさんね
あなたがじっと黙ってるのをいいことに
押しつけてるだけみたいに
ぼくには思えるんだよ
ぼくだって
こういう商売だからね
お客さんの話を聴くのが仕事
みたいなものじゃない
だけど
本当のところはね
本当のところは聴いている振りをしているだけなんだよ
押しつけられたくないからね
だって押しつけられたら
また別の誰かに
押しつけたくなっちゃうじゃない
なんていうかな
年の功でね
にこにこしたり神妙な顔したり
そいうの上手くなって
やり過ごすことにしてるんだよ
誰も困らないでしょう
それが一番平和なんだよ
あなたはそうだね
まだ若いからかな
なんでも押しつけて構わないように
そんなふうに見られちゃうのかな
だからちょっと
心配になって
邪魔したね
たまにはひとりで飲ませてあげないとね
今日は
ゆっくりしていきなよ



青いカクテル



青いカクテル



青いカクテル



青い



通り過ぎていった季節
通り過ぎていったひとびとと
かれらのことば



明け方までストーンズを聴いたあの店



大好きな小説の主人公が飲んでいたカクテルを
悲しいことがあるたびに注文しては
グラスをじっと見つめていた



そのカクテルの名前
今はもう思い出せない
ただその青い色だけは
頭から離れないでいる


自由詩 青いカクテル Copyright 薬指 2009-07-30 01:51:15
notebook Home 戻る