ミギカタの穴
ザ・凹凸目目
教習所で左の列に座ったので
後ろから出席簿が回ってくる。
いつもは右の列の一番前に座るから
教官から直接出席簿を手渡され
記入すると後ろの机にひょいと置いて
教官以外の人との接触はなるべく断れるのだが、
今日はほとんど席が埋まっていて
左の列の前の方しか空いていなかったから仕方なく座った。
隣の席の毛深いオジサンが小さく悲鳴を上げて
背後から出席簿を受け入れる。
私は隣のオジサンが出席簿を机の上に滑らせるのを右手で押さえるだけでいいことを知る。
問題は記入後、前の席にどう繋ぐかだ。
私は自分の名前を書き終えたボールペンを置き、右手をそのまま伸ばして前の人の首の横まで持っていって、右手の人差し指と中指で右肩を2回、ちょんちょんと叩く。
前の人は振り返って出席簿を受け取り、
私は注意して顔を見ないようにした。
私とこの人が関係した証拠は出席簿の順番に残るが、私はこの人の顔を覚えない。
右手の人差し指と中指だけがしばらく感触を覚えているだろうが、私はこの人をすぐに忘れられるだろう。
授業が終わりかけ教室がざわつきはじめる頃、前の人が財布を落としていることに気がつく。
落ちた財布が開いていて、学生証の写真がこっちを見ている。
その顔を見たくないから、前の人に知らせることにする。
私は再び右手を伸ばし、前の人の右肩を2回、人差し指と中指で叩いた。
前の人振り返る
私、財布を指差す
前の人かがんで財布を拾い、会釈して向き直る
私は顔を見なかったが、それ以上にその人に触れてしまった。
繰り返し同じところを叩いてはいけなかったのだ。
私の右手の人差し指と中指が一度触れて柔らかくなっていた前の人の右肩を再び触れ
前の人の右肩の肉がとろけて私の指が沈み込み、顔を見る以上にその人のことを知ってしまっていたのだった。