誰が豚かを決めるのは俺だ(2)
花形新次

 そりゃあ、ちょっとは責任感じてるわよ。
私が彼を振らなければ、彼だってこんなことにはならなかったんだし…。
でも、彼には悪いけど、私は彼について行くことができなかった。
 ええ、好きだったわよ。とても愛していたわ。でも彼は本当に私のことを
愛してくれていたのかしら。
 あの時、そう、彼が単身北朝鮮に乗り込んで、拉致被害者を救出しに行くって
言い出したとき、私が泣き叫びながら、そんな危険なことは止めて、とお願いしても、
まったく聞き入れてくれなかったのよ。
「俺は正義のためになら、この命を捧げる。」と言って。
 もし、本当に私を愛してくれているなら…。でも、私はその言葉を彼に言うこと
はなかった。そんなことを言う女は最低な女だと思っていたから。
 でも、今は、ちょっぴり悔やんでいる。もし私が、
「正義と私とどちらが大事なの?」って口にしていたら、どうなっていたかって…。
正直、分からないわ。ああ、そんなとき女は愛する男のために本当はどうすべきなの
かしら?
 あなたに聞いても仕方ないわね。若い男性のあなたに。
 それで結局、「私、茗荷谷君にはついて行けそうにない。」って言って、別れてし
まった。そう…、しまった。
 
 彼はその翌日北朝鮮に飛び立っていった…。
 ええ、知っている。彼は結局、北朝鮮には行けなかったってこと。
 本当のことを言うと、薄々行けないんじゃないかなって気はしていたの。
だって、彼、北朝鮮がどこにあるのか知らなかったから。
実際、その日上野駅から夜行に乗って、東北方面に向おうとしている彼を見かけた
人がいるのよ。きっと岩手と青森の間ぐらいに考えてたんじゃないかしら…。
それで、恥ずかしさのあまり、その足でアメリカのカリフォルニアまで
高飛びしたのよね。
 うん、でもそのことを知ったのはずっと後。
一通の手紙が届いたの、彼から。私のことを今も愛している、いずれ日本に帰るから、
そのとき俺と一緒になってくれ、って内容だった。所謂プロポーズってやつね。
私は直ぐに返信したわ。たった一行「お断りいたします。」だけの文面で。

 あれからもう4年も経ったのね。何だか長いような、あっという間のような。
今、彼のことどう思うかって?だから、最初に言った通り、少しだけ責任は感じて
いるわ。今度の事件だって、私にメールを送るために、他人の家に忍び込んだって
話だから。でもそれもこれもすべて過去のこと。もう忘れたいの。
 私だって、この4年間、決して無傷ではなかった。
彼を忘れるために、行きずりの男と寝たこともあるわ。
 そう、この4年間で私も変わったの。人は私のことを人間空母と呼んでいたけれど、
それは、単にデブってことだけだった。でもね、今では、戦う男達がいつでも降り立つ
ことができる場所みたいな存在って意味もあるのよ。
 そういう意味では、今なら彼のことも受け入れられるかもしれないわね…。
もう遅いかもしれないけど。

 もう、いいかしら?なんだかとっても疲れたわ。続けるなら、一休みしてからにして。
少し奥で休んでくるから。
…よかったら、あなたも一緒にどう?
フフッ、嘘よ、嘘!赤くなっちゃって。可愛いんだから。それじゃ、また後でね。



散文(批評随筆小説等) 誰が豚かを決めるのは俺だ(2) Copyright 花形新次 2009-06-27 13:37:21
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