図書館物語
たもつ
01
図書館にパンが落ちていたので男は拾って食べたのだが、それはパンではなくムカデの足だった。
02
図書館の大砂漠で遭難した司書は一週間後に救助され、その翌年には大統領になったが、死ぬまで左側に物を置かなかった。
03
図書館で借りてきた本を途中で読むのを止めて、魚は自分の鱗をしおりの代わりにはさんだ。
04
図書館の館長になることが夢だった少年は、大人になり夢がかなって館長になったけれど、誰もそのことを教えてくれない。
05
図書館が休みの日、館長は網と虫かごを持って野原に昆虫図鑑を捕まえに行き、もう昆虫図鑑は要りません、といつも副館長に叱られる。
06
泥棒は図書館にあるすべての本を盗んでしまおう思ったが、海の大好きな子どもがいると可愛そうなので、「海辞典」だけは残して行った。
07
翌日、泥棒が図書館に行くと、「海辞典」は貸し出し中だったので、すっかり安堵してシナモンパンを買って帰った。
08
図書館は図書館に生まれてきたことが嬉しくて、どこにあるのかわからない、心、というわれているところで、皆にありがとうを言う。
09
図書館の本がすべて盗まれてしまったので、館長は空っぽになったすべての書棚を丁寧に拭き掃除して、とりあえず、昆虫図鑑を十冊並べた。
10
盗んだ本を返してください、と毎日泥棒の夢の中に図書館が泣いて出てくるので、泥棒は本を返しに再び図書館に忍び込んだが、昆虫図鑑十冊のスペースのところだけ本が並べられず、受付カウンターに「世界美術史体系全十巻」を平積みして置いて帰った。
11
朝、カウンターの上に置かれた「世界美術史体系全十巻」を見つけた司書は、淡々とそれらをもとの位置に並べ、十冊の昆虫図鑑を淡々と館長の机の上に平積みして置いた。
12
図書館を走り回る子供のポケットから湿気たネズミ花火がこぼれ落ちて、夏は小さくてもいつか願いのように終わる。
13
図書館の一階フロア南西角はタイル一枚分が海になっていて、そこだけ「遊泳禁止」の看板が立っている。
14
図書館は駅から歩いて五分です、という案内を見た人から、走れば何分ですか、とか、雨の日は傘立てがありますか、とか、私はどうしたら良いのでしょうか、などの問い合わせが年に数件ある。
15
図書館にも秋が来て、館内の何処かからコオロギが鳴き始めるその姿を、誰も見たものはいない。
16
駅前が再開発されて図書館が廃止されてしまう夢を見て慌ててとび起きた館長は、図書館がどれだけ人々に愛されているか演説するために、慌てて再び眠りにつかなければならなかった。
17
南西角にある海で館長が大きなクジラを釣り上げて図書館を壊しそうになった日から、「遊泳禁止」の看板の隣に「釣り厳禁」の看板も立つこととなった。
18
館長は、もしかしたら自分は本ではないかと思って、自分の体を捲ろうとするけれど、いつも三ページ目から先が捲れないので諦めてしまう。
19
図書館に住み着いている幽霊は閉館時間が過ぎて誰もいなくなると、本を読むことを楽しみにしているけれど、言葉がすべてすり抜けてしまうので、体はいつまでも綺麗なままだ。
20
「今度の日曜日は図書館の日です アタリが出るともう一冊借りれます それと元気なアキアカネを差し上げます」図書館通信 第九四三号より
21
休館日、本は本であることを忘れて、思い思いの時間を過ごすが、中でも一番人気なのは読書だそうだ。
22
雪が降った日は、図書館に来ている人みんなで雪だるまを作るけれど、名前を何にするか決める前にいつも融けてしまう。
23
死ぬ前にもう一度図書館に行きたいという母親の願いを叶えるために、女は母親の手を引いて図書館前の緩やかなスロープをゆっくりとのぼり、この本がいい、と指し示した「竹取物語」の絵本を一冊だけ借りて帰った。
24
家に帰ると、母親は女と同じ布団に入り、借りてきた「竹取物語」を女に読み聞かせるのだけれど、文字がぼんやりとしか見えないので、そのほとんどは記憶の中の「竹取物語」だった。
25
春になると図書館の周囲一面はきれいなお花畑になって、時々軽い怪我をする人がでてくる。
26
図書館に一台しかない公衆電話がどこに繋がっているのかわからないことが最近になって発覚したが、それでは今までいったい誰と話をしていたのか、謎は深まるばかりだ。
27
朝一番に図書館に来て、一日中「優しい人入門」の背表紙を十年間撫で続けている男は、それでも手垢ひとつ付けないのだった。
28
図書館の空にかかった虹を折りたたんで大好きな人にプレゼントする、というペテン師の予定は、いつも予定のまま終わる。
29
図書館は数年前に既に死んでいて、現在皆が使っているのはその亡骸だということは、出入りの電気技師だけが知っている。
30
図書館は息を引き取る直前、今までありがとう、とこっそり制御盤の裏に書置きを残したのだった。
31
開かれた窓の外にはゼリー状の空が広がっていて、誰かがテーブルに置き忘れて行った歴史書を風が捲る音だけが静かに響く、ただ水溜りのようにある午後の図書館。