そこの町
……とある蛙

5歳の僕は風の中にいた。
底の町から吹く風は暖かかったが、
上の町から吹く風は冷たかった。

底の町から吹く風を顔面に受け止めて
膨らんでゆくと
僕は虫になって舞い上がった。

谷の反対側のお屋敷町を
ゆっくり飛んで眺めながら、
小盗人の僕は
柿の木、栗の木、枇杷の木と
めぼしをつけて土手まで戻った。

土手の上に腰掛けて底の町を眺めていると
箱庭のような底の町の
とても小さな家のとても小さな庭から
とても小さく見えるばあちゃんが大声で叫ぶ。
「こらぁ、降りてこんかい」

土手は上の町の人のもの
底の町の子のものではない。
ばあちゃんが怖がっているものが何なのか
5歳の僕には分からない。

春にはつくし、秋にはすすき、夏草はぼうぼう
土手はいつも僕の居場所だった。
いつも土手の上を舞い上がっていた。

家の中が揉めているとき
兄弟げんかに負けたとき
近所の子にいじめられたとき
一人で、ごっこ遊びをするとき
肺病やみで家にいない母を考えるとき

都会の小さな谷間に
僕の住んでいた町があった。
そこにはいつも小さな風が吹いていて
5歳の僕はいつも土手の上で
くるくるくるくる舞い上がっていた。
  


自由詩 そこの町 Copyright ……とある蛙 2009-06-24 14:26:09
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子ども時代