白森
斗宿

白い、石の森を歩いていた
ただ独り

カラリ、と乾いた砂が足元で鳴る
立ちはだかるような巨木の肌に手をあてると
コポリと幹を伝う水の鼓動を感じた

どこからか
私を呼ぶ声が聴こえる
誰とも知らない
何処からとも判らない
ただ
私を呼んでいる、私は呼ばれている
それだけが
まるで天啓のように閃いて
ゆるやかな歩みを止めさせた

凍るように冷たく透き通る沢が
緑の葉を流し去ってゆく
先ほど天より舞い落ちた、最後の一葉だ

森は、穏やかに終焉を迎える

ああ、そうだ
森は死んでゆくのだ
そして私は産み落とされる
終わり逝く森から
びょうびょうたる荒野へと
何も知らず、何も持たぬ
徒ビトの身に堕ちるのだ

微かに、微かに心を乱す恐れ
静かに、静かに時を待つ


呼ぶ声の奥から、低く一つの唄が聞こえた

    おまえが往くは、ヒトの背負いし業の道
    巡りて集う、輪廻の道
    迷うことなく進むがよい
    自らの路を生きるがよい

    終焉は、新たな始まり
    死んだ森は石となり、砕けて砂へと還ってゆく
    降りつむ砂は土となり、草原はやがて萌えあがる


怖ろしいほどに明晰な視界の中で
幾層にも重なる枝葉の一部が崩れ
光と共に、砂となって降り注ぎ
旅立ちの時が近づきつつあるのを知らせた

私は立ち上がると
結晶と化した落ち葉を拾い
浄化された流れから、一掬いの水を飲む
凍える沢に全身を浸して、最後の禊を行った
冷え切った肌に、浄水が染みとおってゆく
サラサラとサラサラと、指の先から崩壊を始める躯を
もはや微塵の恐怖も無い、真白き魂は見つめていた

世界が、無音のままに終わってゆく
高く高く、化石になった白い森が崩れ落ち
薄れていく意識の中で垣間見た空は
かつて在ったどの空よりも深く蒼く思えた
連なる輪廻の記憶、そのどれよりも……




そして私は、最初の荒野へ降り立つ
ちっぽけなヒトの身に、あらん限りの祝福を受けながら
今一度、より深く、世界を識る為に

世界を
愛するために


自由詩 白森 Copyright 斗宿 2004-09-02 23:53:15
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