ア、雨
ことこ

頬にぴたりとはりついた水滴は
前歯から離れないふりかけの海苔のようで
「ア、雨」
と代わりに口から言葉がこぼれる


ビニール傘越しの町の風景は
いつもより少しスローモーションで
焦点のぼけた万華鏡のように
目を離したすきに違う表情をみせる

/ものだから

梅雨はまだやって来ていないというのに
六月の雨はじっとりと本格派で
私ははやく指先についた糊をお手拭きでぬぐい去ってしまいたい


きっともうすぐ浴びるように何もかも飲み込まれてしまうから
シナプスだって敏感になっているのだろう
日に日に水位が上昇してゆくなら
水浸しの靴下が惨めだなんて発想はなくなってしまうわけで
もういっそ海の中で夏の間中を過ごせばいい
そうすればおなかの奥の鈍痛もやわらいで
たまには海藻と戯れたりもできるでしょう

/だなんて


あなたの嘘なんか初めからお見通しだし
まったくもって悲しくなんかない
だから私がいま言った言葉だって
例えばお財布を覗いたときに
「ア、お金ない」
と呟くくらいの
空っぽの言葉だと思ってくれて構わない


自由詩 ア、雨 Copyright ことこ 2009-06-07 21:09:24
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