クロマニヨンプレイ
カンチェルスキス


 
 本日、バック転日和。池谷幸雄は今頃なにをしてるかどうか、という問いに答えるのは、簡単だ。
 バック転をしている。相変わらず。月でもいい週でもいい、大阪人がタコ焼きをほうばる回数より多くバック転してる、という統計が出たが、本人には伏せている。何よりも本人がショックを受けるからだ。
 夕刻より撮影の日程が前倒しになって、慌てる。まだ歯磨きもしてなかった。飼ってるセキネインコにも餌をまだやってなかった。そのことでセキネインコになじられた。「カレーを食わせろ」と。そんな声に無視して、昨日のドトールコーヒーの渋い珈琲を与える。この意欲的な鳥は、「鉄火巻き食わせろ」だの「新鮮なシャコを茹でたのくれい。ああ、ちょうどいい塩梅の酢味噌と合わせてくだせえ」とか、要求してくる。おれはチキンラーメンと、ごぼう一本茹でたのをかりかりかじって、日々しのいでいるというのに。ちなみに、愛鳥の名前は、「オシテダメナラヒイテミナ」だった。だけど、そんなの長いから、おれは「胡蝶蘭先生」と呼んでいた。それでもなんだかまどろっこしいので、やさしさの余裕のないときには、たんに「鳥南蛮」と呼んでいた。いつか食ってしまうかどうかは別として。
 今日の大一番の撮影は、クレヨンしんちゃんと梅宮アンナとのペアヌードの撮影。ヌードの撮影は苦手だと公言してるおれにはびっくりのオファーだ。おれは普段は、セメントになる前の砂とか、ハムエッグと称してハムのないエッグを焼いてるのばっかり撮っていた。もういいよ、半熟は。とおれは思っていたところだった。そんなときに、生のヌードの撮影の話。四の五の言わず飛びついた。おれはやる気だった。クレヨンしんちゃんと言ったらクレヨンしんちゃんだ。梅宮アンナといえば、えーと誰だっけ、つけもん屋の娘という印象しかなかったけど、実際に撮影に移ったら、びっくりした。絡み、というのかな、おれは全然慣れてないけど、シーサイドホテルから釣堀の見える場面というおれが依頼者に注文したシークエンスで、それとぴったりと合っていた、というか、アンナさんが釣堀色に染められたのか、釣堀で立小便きめてるロマンスぐらいのおっちゃんのことも気にせず、しんちゃんと絡んだ。おれは安心した。勝手にやらしておけばいいからだ。アンナさんが「ねえ、しんちゃん、借金とかある?」とかアドリブで訊ねると、しんちゃんは切り捨てた、「うるせーよ」と。けれど、「アンナ、来週の週末、箱根のサイコーの宿がとれたぜ!」というもんだから、アンナさんは「私を地中に埋めて、いますぐ地中に埋めて、だってこんなの信じられない、サイコーの気分だわ、というのも、私は地底人の末裔だからよ!」と。おれは、ふんふんと言いながら、二人の絡みを撮りまくった。助手はいないんだ。全部自分で撮る。カメラっちゅうのは、百万分の一、あるいはもっと千万分の一の確率でしか鳴らない楽器だから、たとえサブでも、そのチャンスを自分のものにできないなんてシャクじゃんか。人にシャッターを押すのを任すなんてさ。まあ、そんなことやめたら、もっとおれの生活は良くなるかもしれんけど。はは。というのも、おれより腕の立つSSS君という男をおれはたまに助手として呼んだりしてるから。この男は写真の腕はなかなかで、カメラを持つとおねえ言葉になり、性別をこえた宇宙に飛び立つのだ。それも助走をつけないで飛び立つので、こっちとしては度肝を抜かれることが多かった。おいでよ、とSSS君の誘いもあるのだが、おれとしては、性別より、豚キムチとかコールスローのあのへんの境をこえたところに位置していたいと思うもんだから、彼の誘いはバツだ。
 しんちゃんと梅宮アンナさんとのペアヌードは、ばっちり撮れた。小道具として使ったナルトが効果的だった。ほうれん草って素敵だね、おひたしだね、かつおぶしだね、とアンナさんがおれに声をかけくれたけど、おれは、ふーんと答えるしかなかった。というのも、おれは道場六三郎とかあのへんのえらの張った顔を思い浮かべてたものだから。撮影の疲れでうとうともしてたし。おれはだって、このペアヌード撮影にどんだけ集中していたのか自分でもわからんかったし。トランス、アンドユニバース。おれのTシャツに書いてある。黒に白文字で。なんてこともない。おれはたまたま西中島南方のあるショップで買ったTシャツの文言を読んだだけだった。やっぱり慣れないことだろうか、おれは疲れた。依頼者も、写るんですよで撮ったんだから、きっと写ってるんですよ、と言って、写真の仕上がりを早く確かめたがったのだが、おれは早急に仕上げに走るのを断った。だって、そうじゃないか、嘘がばれるじゃんか。嘘がばれるなら、もっと遠くの日々によって明かされたいのだ、納期は一ヵ月後となっている。今からSSS君との話し合いだ、やつはあん肝とか踊りシラスとか奢れば、なんなく調子に乗り、上々の写真をおれに譲り渡してくれるのだ。
 仕事終わり、近くの銭湯に寄ったのち、自宅でささみチーズカツ。ビールがうまかった。鳥南蛮は鳴いている。「うつくしい森にかえせ、うつくしい森にかえせ!」と。
 おれは自分のへその穴をぐりぐりした。指の先を臭ったら、へんな匂いがした。







散文(批評随筆小説等) クロマニヨンプレイ Copyright カンチェルスキス 2009-06-02 01:04:06
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